ケヴィン・デ・ブライネは移籍したクラブでの失敗と成功とは?

コミュニティ・シールドが前日行われ、マンチェスター・Cとチェルシーが激突した。結果は、2-0でマンチェスター・Cが勝利し、リーグ戦に向けて弾みをつけた。

もちろん、この試合には、ケヴィン・デ・ブライネはベンチ外となっていた。

当たり前ですよね?ワールドカップで、最後まで試合をし、終わってから一か月も経ってないのですから。


リーグ戦の開幕に合わせてのことなのでしょうが、開幕戦も出番がないかもしれませんね。

ケヴィン・デ・ブライネが開幕戦出られないとなると寂しいですが、まあ、ケヴィン・デ・ブライネのコンディション調整のこととか考えれば仕方ないですね。

特に、プレミアリーグはオフが少ないですし、マンチェスター・Cですと、CLも絡んできますからね。

プレミアリーグの強豪のチームは、開幕戦は頭が痛いことでしょうね。下位のチームにとっては、ありがたいことだと思いますが。

マンチェスター・Cの司令塔であるケヴィン・デ・ブライネは、今でこそ世界で認められる司令塔ですが、そこまでの道のりは、結構辛い道のりでした。

調べてみると、レンタル移籍も含めて、結構移籍してるんですね。これだけの選手が、こんなに移籍してるとは思わなかったです。

そこで、今回は、ケヴィン・デ・ブライネの移籍のことについて書いていこうと思います。

ケヴィン・デ・ブライネのプロデビューからヴォルフスブルクに移籍まで!

ケヴィン・デ・ブライネは、ベルギーのヘンクでプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせる。

2年目以降からは、コンスタントに試合に出場していたようで、2008~2012まで、ヘンクでプレーし、97試合に出場し、16得点を挙げる活躍を見せた。

そして、プレミアリーグの強豪チェルシーへ移籍となり、大きなステップアップに成功。ビッククラブに移籍ということで、ケヴィン・デ・ブライネも喜んだでしょう。

チェルシーとは、5年半の契約を結んだが、最初の半年は、ヘンクの選手としてレンタル移籍のような形となった。

何か、微妙な移籍の仕方ですよね?夏の移籍市場の時に、ケヴィン・デ・ブライネの獲得にすればよかったのでは?

移籍の際に、何かチェルシー側に都合が悪いことがあったのか?ヘンクでのプレーが終わったかと思えば、今度は、ブンデスリーガのブレーメンにレンタル移籍。なぜ?

これには理由があり、ケヴィン・デ・ブライネ自身が移籍を志願をしたようだ。チェルシーが、補強をかなりしたようで、出場機会に恵まれなさそうだったからのようだ。

だったら、初めからチェルシーに移籍でなくて、ブレーメンとか他のクラブに移籍すればよかったのに。

ドルトムントやレバークーゼンからも来ていたみたいでしたし、そちらの方がすんなりと試合に出れたのではないのか?

この期限付き移籍は、ケヴィン・デ・ブライネにとって良かったみたいで、試合も出ていましたし、10ゴールと結果も残せましたしね。

このままブレーメンに完全移籍出来てたら良かったんでしょうが、2013年の7月にチェルシーに復帰することとなりました。

ケヴィン・デ・ブライネにとって試練の時がやってきました・・・。キャリアの中で、唯一、失敗した移籍だったと思います。

もちろん、ケヴィン・デ・ブライネには実力はあったと思いますが、チェルシーは選手層が厚いので中々出番がなかったようです。

チェルシーに在籍していた期間は、3試合しか出場できなかったようです。しかも、ベンチ外も多かったみたいですね。

その理由が、監督のモウリーニョとのコミュニケーション不足であったとケヴィン・デ・ブライネは言ってました。

話によると、監督のモウリーニョと2回しか話していなかったようで、互いに理解しあえなかったことが試合に出れなかった原因だと語ってました。

一説には、モウリーニョに嫌われていたともありますが、どうなんでしょうかね?モウリーニョ自身、好き嫌いが激しそうですから、あり得る話ですね。

モウリーニョとの関係についてはこちらの記事をどうぞ→ケヴィン・デ・ブライネとモウリーニョの確執が生まれた理由は?

そこで、ケヴィン・デ・ブライネは移籍を志願し、ブンデスリーガのヴォルフスブルクに移籍をしました。

ブレーメン時代にブンデスリーガのサッカーを経験していたことが良かったのでしょうね。

ヴォルフスブルクでは、シーズン途中からの加入にもかかわらず、16試合に出場。途中加入で、これだけ試合に出ていたのだから中心選手だったのでしょうね。

翌シーズンは、ケヴィン・デ・ブライネの本領が発揮されました!全試合に出場し、10ゴール、20アシスト。

ヴォルフスブルクの中心選手として、大活躍をし、年間最優秀選手に選ばれました。

ケヴィン・デ・ブライネは、ブンデスリーガのサッカーの方があっていたのかもしれませんね。そう思うと、ドルトムントとかに行っていれば、もっと早く脚光を浴びていたかもしれませんね。

そして、翌年、ケヴィン・デ・ブライネはマンチェスター・Cに移籍することを決断する。

なぜ?また、プレミアリーグに移籍をしたのかはわかりませんが、この移籍は、ケヴィン・デ・ブライネにとって良い移籍となりました。

ケヴィン・デ・ブライネのマンチェスター・Cへの移籍は大成功だった!

夏の移籍市場ギリギリのタイミングでの移籍となりましたが、間に合ってよかったですねとしか言いようがないですね。

ケヴィン・デ・ブライネは、マンチェスター・Cの歴代最高額の移籍金5500万ポンドでの移籍となりました。

当時のポンドのレートだと、日本円にして103億。現在では、他のクラブですが、とんでもない移籍金が発生してますが。

ケヴィン・デ・ブライネには、それだけの価値があると思いマンチェスター・Cは出したのでしょうね。

チェルシーの時とは違い、加入後にはスタメンで起用され、シーズン通してチームの中心選手として活躍。

移籍金に見合った活躍でした。クラブ側も大金を出してよかったと思ったことでしょう。

翌シーズンは、監督がグアルディオラが就任し、出場機会のことを心配したとは思いますが、特に問題なく、グアルディオラの信頼を得たようであった。

最終的には、アシスト数がチームトップであったようで、ケヴィン・デ・ブライネはチームに欠かせない存在とまでなった。

チェルシーとしては、悔しかったでしょうね。ケヴィン・デ・ブライネにここまで活躍されると。

昨シーズンもチームの大黒柱として大活躍。チームはリーグ制覇し、ケヴィン・デ・ブライネは年間のアシスト王にも選ばれ、さらには、ベストイレブンにも選出。

充実したシーズンを送り、ワールドカップへ挑むこととなった。そのワールドカップでも洗練された技術を披露し、ベルギー代表を3位まで導いた。

この年の1月には、21年まであった契約をさらに延長し、23年までの契約を勝ち取り、週給28万ポンド(4000万円)に加え、勝利給と肖像権収入の合計26億円の大型契約となった。

もう、想像もできない契約内容ですね。それくらいケヴィン・デ・ブライネを放出させないといった感じですね。

一度は、プレミアリーグで失敗しましたが、その失敗が今回は活きたのでしょうね!

チェルシーの場合は、失敗と言っていいのかわかりませんが、成功できてよかったなと思います。

まとめ。

今回は、ケヴィン・デ・ブライネの移籍のことについて書かせていただきましたが、調べてみると結構移籍していたんですね。

ベルギーのヘンクからチェルシーの移籍はちょっと早かったのかなと思いますね。レンタル移籍で、ブンデスリーガのブレーメンに移籍しましたが。

ヘンクからブレーメンなどのブンデスリーガに移籍してからプレミアリーグに移籍した方が、ケヴィン・デ・ブライネには良かったのかもしれません。

まあ、チェルシーでのことがあったから今があるのかもしれませんが。最終的に、マンチェスター・Cで活躍できていることと、クラブ、監督に恵まれてよかったなというのが正直な感想です。

昨シーズンのように、ぶっちぎりでリーグ制覇は難しいかもしれませんが、優勝できる戦力を揃えているので、大きなブレーキがない限り優勝に近いのではないでしょうか?

今シーズンもケヴィン・デ・ブライネが攻撃の中心となると思うので、多くの芸術的なアシストを見せてほしいですし、同時にゴールも期待したいですね。

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