サッカーワールドカップの名称、大会方式の歴史は奥が深かった!!!

サッカーワールドカップロシア大会のグループリーグも最後となりますね。様々なドラマありの、歴史に残る大会になるのでは?

いよいよポーランド戦を迎える日本代表。スタメンをいじってくるという報道がありますが、大きないじり方はしないでしょうね。

大幅にメンバーを変えるといった記事もありましたが、大幅に変えるとかえって危険なので、ここは手堅くいってほしいですね。


波乱が、多いサッカーワールドカップロシア大会。きっと、決勝トーナメントでも、波乱が起きるんでしょうね!歴史的な。むしろ歴史が変わるかも。

できれば、日本もそうなってほしいのですが、まずは、今日のポーランド戦に勝つか、引き分けないとだめですからね。

慎重に戦ってほしいです。ポーランドは、変なプレッシャーがない分、怖いですからね。日本には、新たな歴史を作ってほしいです。歴史を塗り替えてくれ!!!

サッカーワールドカップロシア大会も今日、明日の試合を含めて、あと20試合しかないんですね。あっという間に、時間が過ぎて言った感じです。

そこで、今日は、サッカーワールドカップの歴史について書いてみようと思います。

意外と、調べてみるとサッカーワールドカップの歴史は、奥が深いんだなと思わされました。

サッカーワールドカップの概要とFIFAの歴史について。

FIFAが主催するサッカーの世界選手権のようなものです。サッカーの国際大会では、世界最高峰の位置づけで、オリンピックよりも盛り上がることで有名です。

サッカーワールドカップは、各大陸の予選を勝ち抜いた国で優勝を争い、4年ごとに行われる大会です。

第1回大会は、1930年ウルグアイで開催され、とうぃこの大会を企画したFIFA会長・ジュール・リメが提案した「ジュール・リメ・トロフィー」をかけて大会が行われた。

参加条件は、このように書かれている。

参加できる主体は国またはそれに準ずる地域であり、より厳密にはFIFAに加盟したサッカー協会を単位とする。例えば、イギリスは単一の国家ながら本土4協会(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)と海外領土6協会(モントセラト、イギリス領ヴァージン諸島、ケイマン諸島、タークス・カイコス諸島、バミューダ諸島、アンギラ)による計10代表チームがある。

なお、FIFAは、1904年に設立されたようで、すでに100年以上の歴史を持つ組織です。スポーツの世界で、これだけ長い歴史を持つのは野球ぐらいですかね?

ここから、FIFAの歴史が始まりました。どんな歴史を作り上げていったのでしょうか?

当時の要綱には、記載されていたそうだが、1928年のFIFAの総会で大会名称を「ワールドカップ」とするようになった。

ワールドカップという名称になってからは、まだ100年の歴史がないんですね。もっと歴史のあるものだと思ってました。

ジュール・リメのカップも「ワールドカップ」と呼ばれていたのだが、すぐに「ジュール・リメカップ」という名称に変更されました。

1946年にFIFAの総会で「ジュール・リメ杯世界選手権大会」と改名をした。1970年メキシコ大会までこの名称で大会が行われた。

1974年の西ドイツ大会から、新しいカップになったこともあり、「FIFAワールドカップ」が正式名称となった。ここから、新しい歴史が始まりました。

大会名の名称だけでも、これだけの歴史があるんですね。最初から、サッカーワールドカップが正式名称だと思ってました(笑)調べてみると、いろんなところで歴史があるんですね。

では、次に、サッカーワールドカップの予選大会の方式の歴史について見ていきましょう!どんな歴史があるのでしょうか?

サッカーワールドカップの予選会方式の歴史について。

サッカーファンであれば、ご存知の通り本大会に向けて、各大陸ごとに1年~2年ぐらいかけて本大会出場をかけた予選を行います。

現行では、最終的に欧州で言えば、各グループ2位同士が戦い、勝った方が本大会への出場権を得るといった形になる。

もう一つは、大陸間プレーオフを行い、アジアの国対南米の国といった形で勝った方が、本大会出場といった形になっている。

ただ、この大陸間プレーオフは、実力差のある大陸と戦うことが多いので、戦う前から勝敗が予想できてしまう可能性があるので、どうなのかな?とも思いますね。

ちなみに、1930、1950年を除き、1978年までは、本大会参加国は、16か国、1982年から1994年までは、24か国、1998年からは、32か国で争うこととなった。

現在は、ホーム&アウェイで行われているが、以前は、セントラル方式といった1か国が会場となり、サッカーワールドカップの出場権を争うという歴史もある。

1994年サッカーワールドカップアメリカ大会の予選では、アジアは、セントラル方式を利用していた。

そこで起きたのが、有名な”ドーハの悲劇”でした。日本サッカーが、初めて世界に近づいた日として歴史に残ってます。

しかし、1998年サッカーワールドカップフランス大会からは、本大会出場国が32か国になったため、その恩恵を受けて、日本が初めて、サッカーワールドカップに出場することが出来ました。

日本サッカーに新しい歴史が出来た瞬間でもあります^^日本サッカー協会も歴史的快挙を喜んだでしょうね。

6大陸それぞれに出場枠が決められていて、過去の実績に基づいて出場枠が変動する。これが、大きな問題となっているのですが、記事の後半に書きます。

次は、サッカーワールドカップ本大会の方式の歴史について書かせていただきます。様々な方式があって、歴史を調べるのが楽しくなりましたね^^

サッカーワールドカップ本大会の方式は、こんな感じ!

A~Hまでのグループがあり、上位2ヵ国が決勝トーナメントに進出できる。

1994年までは、出場国が24か国であったので、グループ3位でも決勝トーナメントに進むことが出来た。

上位2位までを決めるやり方は、シンプルで勝ち点が多い順に決まるが、同じだった場合は、得失点差、総得点の多さで決まる。

そこも同じ場合は、直接対決の結果、それでもダメな場合は、フェアプレーポイント、反則ポイントの数で決まる。

サッカーワールドカップの歴史の中で、抽選まで行ったことはあるのでしょうか?聞いたことはないのですが。ないことに越したことはないのですが。

各グループ上位2ヵ国が出そろたところで、決勝トーナメントに入ります。一発勝負ですね。

グループリーグで同一の組になったチームとは決勝・3位決定戦以外では対戦することはないように設定されている。(例外:2002年日韓大会の準決勝ブラジル対トルコ)。

前後半90分で決着がつかない場合は、前後半30分の延長戦を行う。例外として、1998年、2002年は、ゴールデンゴール方式といって、先にゴールを奪った方が勝ちというルールであった。

延長でも決着がつかない場合は、PK戦で決着となる。1998年サッカーワールドカップフランス大会以前は、以下のような形で、ワールドカップは運営されていました。

1930年:1次ラウンドは4グループによるグループリーグ。各組1位のチームのみが決勝トーナメントに進出。

1934年・1938年:全試合ノックアウト方式。

1950年:1次ラウンドは4グループによるグループリーグ。各組1位のチームのみが決勝ラウンド(4チームによる総当たり戦)に進出。

1954年 – 1970年:1次ラウンドは4グループによるグループリーグ。各組上位2チームが決勝トーナメントに進出。

1974年 – 1978年:1次ラウンドは4グループによるグループリーグ。

各組上位2チームが2次ラウンド(4チームずつの2組によるグループリーグ)に進出し、2次ラウンドの各組1位チームで決勝戦、各組2位チームで3位決定戦を戦った。

1982年:チーム数が24チームに増加。1次ラウンドは6グループによるグループリーグ。

各組上位2チームが2次ラウンド(3チームずつの4組によるグループリーグ)に進出し、2次ラウンドの各組1位チーム(4チーム)が決勝トーナメントに進出。

1986年 – 1994年:1次ラウンドは6グループによるグループリーグ。各組上位2チームと、各組3位のチームのうち成績上位4チーム(合計16チーム)が決勝トーナメントに進出。

こう見てみるとサッカーワールドカップの大会の運営方式にもこんな歴史があったんだなと思いますね。

サッカーワールドカップは、これからも新しい運営方式を作り、新しい歴史を残してくれるでしょう!

サッカーワールドカップは、歴史が長いためか、大きな問題点を抱えているのです。歴史が長いが故のこともありますし、各国のサッカーの歴史にも関わってくる問題があるのです。

その問題について書いていこうと思います。サッカーの歴史が長い国にとっては、嫌なルールでしょうね!

サッカーワールドカップの大きな問題点とは?

サッカーワールドカップ本大会の出場枠は、各大陸ごとに振り分けられてますよね?

各大陸によってレベル差が大きく、サッカーの歴史が長い国ほど強豪であるのは明確ですよね?

サッカーワールドカップの成績に応じて、出場枠が振り分けられるのですが、アジア枠は、現在、4.5枠あるが、南米も4.5枠と同じ数だけの枠数があるが、どう考えても南米の方が多くないとおかしいのでは?といったこともあったようだ。

サッカーワールドカップでは、前回大会の成績で、各大陸の枠が変動する可能性があるので、前回の2014年サッカーワールドカップブラジル大会では、アジア勢は、1勝も上げれずに、すべてグループリーグで敗退。

アジア枠を減らされるかもしれなかったが、大丈夫でした。歴史ある南米が怒るのも無理ない

欧州や南米の歴史ある国が出たほうがいいのかなと思います。歴史が浅い国は、歴史ある国に勝てないことが多いですからね。

しかし、サッカーワールドカップロシア大会では、日本、韓国、サウジアラビア、イランは1勝ずつしており、日本に関しては、今日の試合勝つか引き分けで、決勝トーナメント進出なので、上に進めれば、アジア枠の減少はないかと思います。

日本がアジアの運命を握っていると言っても過言ではありませんし、日本にとっても新しい歴史を作るチャンスなので、是非勝って、決勝トーナメントに進んでほしいですね。

アジアのサッカーに新たな歴史を作ってね!

まとめ。

今回は、サッカーワールドカップの名称や大会方式の歴史について書かせていただきました。

調べれば調べるほど、サッカーワールドカップの歴史は奥が深いなと思いましたし、最後に書いた出場枠のことが解消できれば、また新しいサッカーワールドカップの歴史を作ることに成功するでしょうね。

出場国増加とかいう話も出ていて、また新しい歴史を作るのでしょうが。

日本代表もサッカーワールドカップの歴史に名を刻んではいますが、ベスト8以上の結果を出して、新しい歴史を作ってもらいたいですね。

そのためには、今日のポーランド戦は、すっきりと勝って決勝トーナメントに進んでほしいです。

歴史に残る戦いを見せてほしいですね。

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