新生サッカー日本代表における青山敏弘の役割は大きさは凄かった!

新生サッカー日本代表の親善試合で招集された青山敏弘。実力からしたら問題のない選出ですが、若返りを考えると何故?と思われた方も多いはず。

サッカー日本代表監督が森保監督であることから、戦術を理解してくれる青山敏弘を呼びたかったのでしょう。

お互いに信頼関係もありますし、新生サッカー日本代表のまとめ役をになって欲しいということでしょうね。

もちろん、その役割だけでなく戦力としても考えられていたはず。

アジア杯のサッカー日本代表に選ばれているわけですし、青山敏弘にとっては悔しいアジア杯になってしまいましたが。

怪我のため途中で離脱ですからね。青山敏弘にとっても辛かったですし、サッカー日本代表にとっても辛い出来事でした。

今回は様々な役割を果たしていた青山敏弘について書いていきたいと思います。

まずは、青山敏弘のプロフィールから見ていきましょう。


サッカー日本代表、青山敏弘のプロフィール。

国籍:日本

生年月日:1986年2月22日

出身地:岡山県倉敷市連島町

身長:174cm

体重:75kg

在籍チーム:サンフレッチェ広島

ポジション:MF

背番号:6

利き足:右足

2004年にサンフレッチェ広島に入団してから、サンフレッチェ広島一筋の青山敏弘。

非常に良いクラブに入団したなという印象ですね。サンフレッチェ広島は若手にチャンスを与えてくれるクラブなので、青山敏弘は良い時期に入団したのではないかと思われます。

ペトロヴィッチ監督が就任してからの青山敏弘は1ボランチで起用されるようになり、ボランチの主軸として成長。

青山敏弘は怪我をしたり、クラブがJ2に降格したりなどありましたが、森保監督が就任した2012年にはリーグ制覇を果たすなど活躍。

その後も2回リーグ制覇に貢献するなど、日本屈指のボランチまで成長した。

もちろんですが、2011年に、サッカー日本代表に選出され、2013年に、サッカー日本代表として初出場を果たす。

2014年W杯ブラジル大会のサッカー日本代表にも選出されるも、第3戦のコロンビア戦に出場するにとどまってしまった。

その後は、サッカー日本代表に呼ばれなかった青山敏弘ですが、2018年W杯ロシア大会直前の親善試合で怪我をしてしまい、W杯ロシア大会のメンバー入りはできなかった。

W杯後の新生サッカー日本代表では、青山敏弘は選出され、森保監督の補佐的な役割としてチームに貢献していた。

新生サッカー日本代表では青山敏弘の存在は大きかったでしょうね。森保監督のサッカーを理解しているので、監督と選手の懸け橋にもなれますので。

新生サッカー日本代表で重要な役割を果たしていた青山敏弘ですが、青山敏弘は、どんな想いだったのでしょうか?

サッカー日本代表に復帰した青山敏弘は、どんな想いであったのか?

きっと、新生サッカー日本代表に呼ばれた時の青山敏弘は複雑な想いであったと思われます。

実際に、青山敏弘は、

「森保さんだから呼ばれているところは大きいと思うので、そこはしっかり自覚しなきゃいけない。自分ができることをすべてぶつけたいし、それが役割だと思う」

とコメントをしている。多くの人は、そう思ったことでしょう。森保監督のサッカーを馴染ませるための役割の方が大きいと思っていたと思います。

青山敏弘は責任感が強い人のようで、キャプテンにも就任。ピッチ内外で、チームの基準になって欲しいと森保監督に言われていたこともあったようです。

森保監督の目指すサッカーの懸け橋としての役割だけでなく、戦力としても見ているといった感じのメッセージだったのでしょう。

青山敏弘自身、2022年W杯カタール大会に自分が出られるとは思っていないと思いますが、チームのため、サッカー日本代表のためと想ってやっていてくれたのでしょう。

ある程度、ボランチの選手にメドが立ち、森保監督の目指すサッカーが浸透してきているので、青山敏弘が、サッカー日本代表に選ばれる可能性は高くないと思います。

もしかしたら、コパ・アメリカの時に招集されるかもしれません。

新生サッカー日本代表の土台作りに貢献してくれた青山敏弘には、森保監督も頭が上がらないことでしょう。

今後は、サッカー日本代表に呼ばれるかわかりませんが、青山敏弘には、Jリーグで活躍をしてほしいですね。

青山敏弘の想いについて書いてみましたが、実際の試合では、どんなことで貢献してくれていたのでしょうか?

プレーでの貢献について書いていきたいと思います。

青山敏弘は、どんなプレーで貢献していたのか?

新生日本代表の初めての試合であるコスタリカ戦を振り返ってみたいと思います。青山敏弘自身は目立たないですが、いい活躍をしていました。

コスタリカ戦のハイライトを見てみたいと思います。

前線の選手は新しく、若い選手が多かったので勢いがありましたね。ハイライトを見ていても青山敏弘が写っていませんが、良い働きを見せていました。

新生サッカー日本代表の初陣とあって、青山敏弘は相手のスペースを消しながら、プレスをかけボールを奪っていた。

ベテランならではのバランス感覚と読みで危険なエリアを消していてくれていたおかげで前線の選手が躍動できたのでしょう。

こういった青山敏弘の献身的なプレーがあったからこその快勝でありましたし、遠藤航とかも刺激を受けたのではないでしょうか?

青山敏弘のようなバランスが取れる人がいないと、今のサッカー日本代表は危ないといってもいいのですけどね。

実際に、アジア杯では遠藤航が役割を担っていましたが、怪我で出れなくなった決勝では狙われていたのかなと思うぐらい前半やられていましたからね。

青山敏弘の姿勢は、遠藤航に伝わっていると思いますし、若い選手にも伝わったと思われます。

若い選手たちは、自分のアピールも大切ですが、青山敏弘が教えてくれた献身的な姿勢を大切にしてほしいですね。

まとめ。

今回は、新生サッカー日本代表での青山敏弘の役割や本人の想いについて書かせていただきました。

森保監督だから、サッカー日本代表に呼ばれたと思うと本人も言っていましたが、その可能性は高いでしょう。

森保監督のサッカーを良く知っていますし、チームの柱として選出したと思われます。

青山敏弘の存在は大きかったと思われますし、森保監督の考えを選手に伝える役割も果たし大変であったと思われます。

そこを嫌がらずにやる辺りは流石です。だから、今のサッカー日本代表はある程度土台ができたのではないでしょうか?

今後、青山敏弘がサッカー日本代表に呼ばれるかはわかりませんが、献身的なプレーを見せてくれた青山敏弘に感謝しないといけませんね。




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