初の海外移籍の中島翔哉。適応は出来たのか?

今、ポルトガルのポルティモネンセで活躍中の中島翔哉

初の海外移籍とは思えない活躍をしている。中島翔哉は、良い移籍をしましたね。

スピードに乗ったドリブル突破、力強いシュートが特徴のFW、MF。

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ゴールに直結するプレーが得意でもあり、アシストにも優れている、若きアタッカー。

ポルトガルでも認められている選手で、評価は高い。

中島翔哉のポルトガルでの評価は、

・フィニッシュが素晴らしく、計算されているようだ。

・中島には注目しておく必要がある。彼は本当に良い選手だと思う。

・彼にとってヨーロッパで初のシーズンであることが不思議だ。

・シーズン終了までに彼を獲得するチームが
出てくるであろう。

・もうすぐポルトガルのトップのチームに移籍するだろう。

と評価は高い。今の調子でいければ、レベルの高いクラブに移籍するでしょう。

その中島翔哉のプロフィールから見ていきましょう。

中島翔哉とは?どんな選手なのか?

名前:中島翔哉

生年月日:1994年8月23日

出身地:東京都八王子市

身長:164cm

体重:64kg

所属クラブ:ポルティモネンセ

背番号:23

中島翔哉の特徴としては、豊富な運動量。

試合終了間近になっても前からプレッシングをかけに行く程のスタミナを持ってます。

さらに、フィジカルも強く、体をぶつけられても簡単には倒れない。

身長も高くないので、上背があるDFの選手にとっては、厄介ですね。

サッカーが大好きなんでしょう!練習好きでも有名で、テレビを見ながらも筋トレをしているそうです。

でも、筋トレのやり過ぎには気をつけましょう!やり過ぎると、持ち味のキレがなくなるので。

非常にストイックな中島翔哉。プロ入り前は、どんな感じだったのでしょうか?

プロ入り前の中島翔哉は?

中島翔哉は、6歳の時にサッカーを始める。サッカースクール2つとフットサル教室に通っていたらしい。

サッカーの英才教育ですね。しかし、掛け持ちし過ぎて、体は大丈夫だったのでしょうか?

10歳の時に、東京ヴェルディの下部組織に入団。中学生の時には、サッカー留学で、ブラジルに3度も留学したらしい。

単純計算で、毎年留学していたのかな?かなり、リッチなお家なんですね。

2011年、U-17日本代表に選ばれて、U-17ワールドカップに出場。

準々決勝まで勝ち進み、ブラジル戦では、相手のスペースを上手くついて、ゴールをするなど活躍。

ユースに昇格し、クラブユース選手権で連覇を果たす。と同時に、ベストヤングプレーヤーに選ばれた。

まさに、エリートコースを歩んできたのですね!

頭角を表し始めて来た中島翔哉は、次なるステップに進みます。

とうとう2種登録選手に!そして、トップチームへ!

2012年、中島翔哉は、2種登録選手に登録されて、トップチームに帯同することになる。

天皇杯2回戦で、トップチームで初出場!さらに、第33節の福岡戦で、リーグ戦初出場!おまけに、同点ゴールを決める活躍(^o^)

その活躍が認められ、東京ヴェルディとプロ契約を結ぶ。将来有望株ですね。

第39節の栃木戦では、ハットトリックを達成。元G大阪の松波正信が記録した最年少ハットトリックの記録を塗り替えた。

ここまでは、順調だった。中島翔哉も気持ち良くプレー出来ていたでしょう。

ところが、監督交代があり、出場機会が激減…。アピール出来る時間が限られた。先発出場の機会も無くなった。

そこで、中島翔哉は、ある決断をする。初となる移籍を決断。移籍したクラブはどこに?

初移籍。FC東京へ移籍。しかし…。

2014年、東京ヴェルディでは、試合出場が見込めなかったので、新体制発表後にFC東京へ移籍をする。

しかし、移籍完了と思われたが、中島翔哉の才能に惚れ込んだ、カターレ富山へ期限付き移籍となった。

海外では、よくあることだが、日本でもあるんですね。私が知らなかっただけか(笑)

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カターレ富山は、大忙し。中島翔哉の加入に合わせて布陣変更され、本職のMF以外のポジションを経験する。

中島翔哉は、得意のスピード溢れるドリブル突破で何度もチャンスを作る、さらに、前線からのプレスも積極的にかける。

しかし、味方のサポートが及ばず孤立している場面が目立つようになる。

負の連鎖か、中島翔哉自身もリズムを崩していった。

出場機会を求めて、期限付き移籍したが、逆に悪い移籍になってしまった。

そして、FC東京へ戻ることになる。

2014年は、大忙しの1年だった。リオデジャネイロ五輪を目指すU-22アジア選手権に出場。

切れ味鋭いドリブルで、攻撃をけん引し、チーム最多となる3得点を記録した。

さらに、アジア競技大会も、日本代表の攻撃をけん引し、フル出場で出続けた。

FC東京へ復帰!だったが…。

FC東京へ復帰。シーズンも半ばを過ぎスタメンが固まっている中、途中出場からのチャンスを多く作り出し、チームに貢献。

中島翔哉は、ジョーカー的な役割で、攻撃を活性化させていた。

U-23日本代表として出場した2016年1月のAFC U-23選手権に出場。

準々決勝のイラン戦で、2得点。決勝は、韓国戦は、決勝点をアシストし、U-23日本代表を優勝に導いた。

さらに、中島翔哉自身も大会最優秀選手に選ばれた。

オリンピック本大会ではグループリーグ第2戦のコロンビア戦で先発出場。鮮やかなミドルシュートを決めて決勝トーナメント進出への望みをつないだ。

第3戦のもう一試合の結果によりグループリーグで敗退した。

日本代表の成績は、1勝1分1敗。初戦の敗戦が痛かった。

この時に、移籍の話はなかったのであろうか?

2016年は、U-23代表の活動により、新チーム発足に遅れてしまい、FC東京のU-23でプレーする事となる。

これは、少し仕方ないことですが、出来ればトップチームにいたかったでしょう。

自身と同い年、年下の選手とプレーすることとなり、必然的に求めれるモノが多くなった。

そして、思わぬアクシデントがあり、右膝内側側副靭帯の重症。

中島翔哉は、ファーストステージは、怪我で棒に降ってしまった。

セカンドステージでは、中島翔哉は、復帰し、中島翔哉を良く知る監督の元で左サイドハーフに配されると中島翔哉が光輝いた。

カットインからの鋭いシュートというゴールへの積極性を存分に発揮

光輝いた中島翔哉は、ゴールだけでなく、アシストも増えていった。

そして、その活躍振りがあるクラブの目に止まり、初の海外移籍をする。

初の海外移籍は、ポルティモネンセ。

2017年8月に、ポルティモネンセ(ポルトガル)に2018年6月までの期限付き移籍をすることに。

初海外移籍のデビュー戦は、9月3日、カップ戦2回戦。

シャベス戦で後半から出場して移籍後初出場。移籍発表から、試合までの期間が短いですね。

それで、デビュー戦とは…。海外移籍移籍って大変なんですね。

リーグ戦では、第5節のベンフィカ戦でスタメン、リーグ戦初出場。

第6節のフェイレンセ戦では、見事に移籍後初得点ともう1ゴールも決めた。

その後も、中島翔哉は得意のカットインから攻撃をけん引。

11月10日時点で、7試合4得点を挙げている。初の海外移籍としては、十分な結果でしょう。

今後の活躍も期待できそうですが、来年の夏辺りに移籍しそうですね。移籍の話はあるでしょう。

ポルトガルの強豪チーム辺りに、移籍しそうですね。ポルト、ベンフィカ辺りに移籍できれば、CL、ELの舞台で中島翔哉の姿が見れそうですね。

今度は、日本人選手へのポルトガルからのオファーも増えるかもですね?

多くの選手が、様々なリーグに移籍していきそうですね。そうなってくれれば、日本代表も強くなっていくことでしょう。

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