デュッセルドルフで輝きを取り戻した宇佐美貴史。その大きな理由とは?

2018年8月31日に追記しました。

小学生の時から「天才少年」と言われて、数々の実績を残してきた宇佐美貴史

小学4年生から卒業まで、200得点ぐらいを取っており、地元で噂の少年となっていた。

小学校を卒業後、ガンバ大阪のジュニアユースに進み、高円宮杯ユース選手権初優勝と大会得点王に輝く。

中学3年生の時には、飛び級で、ガンバ大阪ユースに昇格。

中学3年生ながら、レギュラーの座をつかむと、高校1年生の時には、チームの中心選手となっていた。

Jユースカップ優勝など様々なタイトルを獲得し、G大阪下部組織の「史上最高傑作」と呼ばれるようになった。

高校2年生の時に、飛び級でトップチームに昇格を果たし、稲本潤一が記録した最年少デビューを飾るなど、順調に成長をしていった。

各年代別の代表にも選ばれて、将来を期待されていた。

プロ入り後の1年目こそ、公式戦4試合出場に留まったが、2年目は、公式戦36試合出場し、11得点を挙げる活躍を魅せた。

ガンバ大阪の主力となりつつある段階というよりも主力としてプレーしていた。

順調なサッカー人生を歩んでいたが、2011年の夏に大きな決断をする。

ドイツの名門バイエルンミュンヘンに期限付き移籍を決断。初の海外移籍をビッククラブといったことで大きな話題を呼んだ。

ものすごいチャレンジであったと思うが、若かったこともあり、挑戦したかったのでしょうね。

ここで、恐らく初めての挫折を味わったのかもしれないですね。


宇佐美貴史、ドイツに移籍後は、どんな日々を送っていたのか?

宇佐美貴史にとっては、初の海外移籍となり、言語や生活リズムになれるのも大変であったでしょう。

それ以上に、世界のトップレベルの選手たちと一緒に練習したりすることの方が、楽しくてしょうがなかったのかもしれませんね。

しかし、若い宇佐美貴史にとっては、ちょっと無理をしすぎたのかもしれませんね。

世界のトップレベルの選手たちを相手にレギュラー争いをしなくてはならないことと、試合に出られるチャンスもなかったので、相当ストレスが溜まっていたのではないでしょうか?

ベンチ入りはするものの出場機会が得られず、バイエルンⅡというチームでプレーをしていた時期もあった。

ちなみに、バイエルンⅡは、ドイツの4部に所属していた時である。結局、トップチームでの活躍が出来ずに、わずか1年でバイエルンを退団することとなる。

宇佐美貴史にとっては、ここまで試合に出れなかったことは初めてだったと思う。

その後は、同じブンデスリーガのホッフェンハイムに期限付き移籍をするも、前半戦はレギュラーで試合に出ていた。

しかし、チームは成績不振、何度も監督交代があり、出番を失ってしまい、またしても1年で退団することになった。

2013年に、古巣のガンバ大阪に復帰し、当時J2のチームを1年でJ1復帰に貢献し、その後もチームのエースとしてガンバ大阪を引っ張っていた。

そして、2016年の夏に満を持して、再び、ブンデスリーガのアウクスブルクに完全移籍を果たした。

ガンバ大阪で試合勘を取り戻し、宇佐美貴史は自信があったと思われる。

しかし、ここでもブンデスリーガの壁にぶち当たり、移籍1年目でクラブの期待に応えられず、地元紙から「期待を下回った」と酷評された。

翌シーズンは、アウクスブルクで試合に出る機会がなく、2017年の夏にデュッセルドルフに期限付き移籍をすることになった。

宇佐美貴史の実力をもってしても、ブンデスリーガの壁は厚かったのかなということと、まだこの頃は、運動量が少なかったのも活躍できなかった要因かもしれませんね。

しかし、デュッセルドルフに期限付き移籍を果たしたことが、宇佐美貴史にとって大きな転換期を迎えることとなった。

デュッセルドルフで、輝きを取り戻した宇佐美貴史には、ある理由があった。その理由を含め、宇佐美貴史のデュッセルドルフでの活躍を振り返ってみましょう。

宇佐美貴史は、なぜ、デュッセルドルフで輝きを取り戻せたのか?

もちろん、デュッセルドルフでの前半戦は、宇佐美貴史は活躍できませんでした。試合勘も戻っていませんでしたし、試合に出ていなかったことでコンディションも良くなかったですから!

試合勘、コンディションも整い始めた後半戦から調子を上げていきました。その時にタイミングよく、原口元気が期限付きでデュッセルドルフに移籍をしてきました。

デュッセルドルフで宇佐美貴史が輝きを取り戻せた最大の理由だったと思いますね。

二人そろって、プレーするのが初めてだったようですが、右サイドに原口元気、左サイドに宇佐美貴史といったデュッセルドルフの両翼を日本人二人が担っていた。

これが、デュッセルドルフにとって大きな武器となった。そして、宇佐美貴史のゴールラッシュ続いた。

4試合連続ゴールを記録するなど、宇佐美貴史は、原口元気とともにデュッセルドルフの攻撃陣を引っ張ていた。

デュッセルドルフのフンケル監督は、宇佐美貴史の変化をこう語っていた。

「ゲンキがヘルタから加わって以来、タカは自分の実力を見せ続けている」

「ユース時代から競い合ってきた友人が加わるというのは、彼にとって大きなモチベーションとなっているのだろう。ゲンキが来てから完全に違う人間になった。彼ら2人は楽しませてくれるし、素晴らしい選手たちだ。雰囲気も良いよ」

そして、ブンデスリーガ2部最終節、デュッセルドルフとニュルンベルクが優勝をかけて対戦した。デュッセルドルフは勝てば優勝の大一番。

もちろんこの日も宇佐美貴史と原口元気は先発出場。

デュッセルドルフは、序盤に2点リードされ嫌なムードが漂っていたが、この嫌なムードを断ち切ったのは、宇佐美貴史だった。

前半37分に、得意でないと思われるヘディングシュートで1点を返して、前半を終えると、後半の半ばにデュッセルドルフは同点に追いつく。

デュッセルドルフは、後半アディショナルタイムに逆転ゴールを決め、見事2部リーグ優勝を果たした。

宇佐美貴史は、後半戦だけで6得点3アシストを記録するなどデュッセルドルフの優勝に大きく貢献した。

試合勘やコンディションで、調子が悪かったのもあると思いますが、同じ日本人選手の原口元気がチームにいたことで、精神的に楽になったのではないでしょうか?

日本語で伝えたいことも伝わりますし、互いに相乗効果をもたらした形になったので良かったのかなと思いますね。

原口元気が、デュッセルドルフに来なかったら宇佐美貴史は、どうなっていたんでしょうかね?そう考えるとラッキーだったように思えますね。

デュッセルドルフ側も1部での戦いに備えて、宇佐美貴史、原口元気の2人を獲得しに出ることにしました。

しかし、原口元気は、ハノーファーに完全移籍となり、宇佐美貴史はデュッセルドルフに残れるのか?どうかといった状況です。

では、宇佐美貴史は新シーズンもデュッセルドルフでプレーをしたいと思っているのか?調べてみました。

宇佐美貴史は、新シーズンもデュッセルドルフでのプレーを望んでいるのか?

2部リーグ優勝&昇格を決めた翌日にデュッセルドルフ市内でパーティーが行われたようで、そのパーティ―の時に、契約が切れる選手たちがデュッセルドルフサポーターに挨拶をした時のことであった。

宇佐美貴史は、こんな発言をし注目を集めた。

「デュッセルドルフを愛しています。そして、またすぐに会いましょう!」

と。これは、もうあれですね。デュッセルドルフでプレーしたいという意思表示ですね。宇佐美貴史も良くその場で言えたよなと思いますね。

この発言が反響を呼んだらしく、

「タカは第2の故郷に惚れ込んだ」

「ウィンガーはフォルトゥナに完全移籍で加わる希望を示唆した」

と報道されてしまった。

さらに、デュッセルドルフサポーターは、原口元気にも、

「ゲンキ、デュッセルドルフに残ってくれ!」

とお願いをしていたらしいが、残念ながら、原口元気はハノーファーに完全移籍になってしまいました。

デュッセルドルフサポーターは、大きなため息が出たことでしょうね。デュッセルドルフにとって、大きな戦力でしたからね。

宇佐美貴史はというと、デュッセルドルフ以外からのオファーもなく、デュッセルドルフ側も宇佐美貴史獲得に、アウクスブルクとの交渉を行ったが、移籍金の折り合いがつかず、未だに決まっていない様子。

デュッセルドルフ側は、今後どういった形で対応を取るのか注目ですね。宇佐美貴史もどちらのチームになるかによって、今後のサッカー人生が決まるので早めに決まってほしいですね。

ここから追記しました。

宇佐美貴史は、念願のデュッセルドルフへの再レンタルとなり、希望とするクラブで、もう1シーズンプレーすることが出来ました。

開幕戦には、コンディションが整っていないため出場はできませんでした。

デュッセルドルフの監督は、第3節あたりから宇佐美貴史を起用するようなことを言っていたので、その時が宇佐美貴史にとっての開幕となりますね。

相方の原口元気はいませんが、ここからが宇佐美貴史にとっての試練となりますね。どのくらい結果を残せるか?

今後のサッカー人生が決まるといっても過言ではないですね。

まとめ。

今回は、宇佐美貴史が輝きを取り戻した理由というテーマで書かせていただきました。

小学生からガンバ大阪までは素晴らしいキャリアを歩んできましたが、バイエルンに移籍がきっかけで、転々と移籍を繰り返すことになりました。

しかし、現在はデュッセルドルフでのプレーを希望しており、宇佐美貴史のサッカー人生の岐路に立っているような感じですが、デュッセルドルフも宇佐美貴史には残ってもらいたいようですし、宇佐美貴史も残りたいようですね。

問題は、アウクスブルクが移籍金を下げてくれるか、デュッセルドルフがアウクスブルク側の要求に応えられるかですね。

せっかく、宇佐美貴史が輝きを取り戻しつつある状況なので、デュッセルドルフでプレーができることを祈ってます。

追記しました。

宇佐美貴史の願いが叶い、デュッセルドルフでのプレーが可能になりました。

ドイツに渡ってきてから、苦しい思いをしてきましたが、今シーズンは望む環境でできるので、結果を出してほしいと思います。

宇佐美貴史本人もそのように考えているはず。まずは、コンディションを整えて、第3節に間に合わせてほしいですね。

デュッセルドルフで結果を出して、10、11月の日本代表に選出されてほしいですね。

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