本田圭佑の年俸の推移は激しかったのか?それとも落ち着いてたのか?

日本代表の大黒柱ともいえる本田圭佑だが、最近は、代表から遠ざかっている。

調子自体は、戻ってきているので、今月末にある欧州遠征には、是非、代表に呼んでいただきたいなと思います。

本田圭佑の持つ雰囲気やタメを作るだけでなく、自ら仕掛けるプレーもチームを変えてくれると思いますので。


2010年の南アフリカ大会以降、日本代表のエースとして君臨してきましたし、クラブレベルで見ても、かつてはACミランで10番を背負うほどの選手として活躍してきました。

本田圭佑の特徴と言えば、フィジカルの強さと攻撃時にタメを作れることを武器にして、屈強なDF相手に代表、クラブで活躍されてきました。

あとは、やはりFKですよね。最近は見れなかったのですが、ブレ球は相手GKの脅威になっていたと思われますし、本田圭佑の最大の武器となっていました。

昨シーズンからメキシコのパチューカに移籍してからは、欧州の時にあまり見られなかったドリブル突破など今までにはないプレーも見せてくれてますので、今後も楽しみですね。

そこで今回は、本田圭佑の年俸の推移を書いていこうと思います。どのくらい年俸が推移しているのでしょうかね?

本田圭佑の年俸の推移!名古屋グランパス~VVVフェンロまで。

みなさん、ご存知の通り本田圭佑の年俸の推移は、ピーク時よりも下がってはいますが、それでもJリーグにいた時よりか、はるかにもらっています。

もう桁違いですね、この推移は(笑)これぞ、海外移籍の醍醐味と言いますか(笑)

では、さっそく本田圭佑の名古屋グランパスの時の年俸の推移から見ていきたいと思います。

2005年 年俸 450万円

プロ入り後に、A契約並みにもらっていますね。これは、クラブの期待の表れでしょうし、それだけの価値があると認められた選手の証拠でしょう。

入団当時から大物の風格が漂ってましたからね。

2006年 年俸 1000万円

昨年、リーグ戦31試合に出場した功績が認められたのでしょうかね。ここまで出ていれば主力ですからね。年俸が、倍になっても不思議ではありません。

2007年 年俸 2000万円

こちらも、昨年のリーグ戦29試合出場と6得点の記録を評価されてのことでしょう。それにしても、3年目で、さらに倍とは凄いですね。

この3シーズンが名古屋グランパスでの年俸の推移ですが、年々倍になるという推移は、あまり見たことがなかったので、クラブの象徴としての評価でしょうね。

そして、活躍の舞台をオランダのVVVフェンロに移しました。

2008年 年俸 8200万円

Jリーグにいた時よりも、4倍近く跳ね上がりましたね。これぞ、海外のクラブといったところでしょうか。

冬の移籍であったため、このシーズンは、リーグ戦14試合出場、2得点に留まりました。しかも、VVVフェンロは、2部へ降格してしまいましたが、本田圭佑は残留し、2部での戦いを選びました。

2009年 年俸 8200万円

初の2部リーグでしたが、背番号を10番に変更し、キャプテンまで任されていました。

リーグ戦36試合に出場し、16得点を記録し、チームを優勝に導き、本田圭佑自身はMVPにも選ばれました。

2部とはいえ、MVPは立派なものだと思いますし、この頃からシュートに対する意識が高くなったなと思いましたね。

2部リーグとはいえ、本田圭佑自身にとって非常に充実したシーズンを送れたのではないでしょうか?

2010年 年俸 ?万円

久しぶりの1部復帰。前半戦だけVVVフェンロに在籍していたので、前年度と変わらない年俸だと思われますが。

それでも、リーグ戦18試合6得点という素晴らしい結果を残し、ロシアのCSKAモスクワに移籍をしました。

VVVフェンロでは、2年半の契約であったため年俸の推移はなかったのですが、本田圭佑自身選手として大きく成長を遂げたチームであったと思いますね。

これが単年の契約であったら年俸の推移は、恐ろしく上がったでしょうね。

本田圭佑の年俸の推移!CSKAモスクワ~パチューカまで。

なぜ、ロシアに移籍をしたかは、定かではないのですが、CLに出られることが大きかったのかなとも思います。

CSKAモスクワとは、4年12億円という大型契約で契約を結んだため、年俸の推移はありません。

では、年度別の活躍を簡単に振り返ってみましょう。

2010年 年俸 4億円

即戦力としての期待があったため、リーグ戦28試合に出場4得点を記録し、さらに、CLにも出場し、1得点1アシストを記録した。

2011年 年俸 4億円

リーグ戦25試合に出場し8得点を記録した。負傷もあり、昨シーズンよりも出場試合が減ったが、CASKモスクワの主力としてプレーした。

2012年 年俸 4億円

リーグ戦23試合7得点を記録。このシーズンも負傷が重なり、長期離脱をせざるを得ない状況となったが、リーグ戦で優勝し、本田圭佑は、欧州1部リーグで初めて優勝を経験した。

カップ戦も含めシーズン3冠を達成し、本田圭佑自身もリーグ戦のベストイレブンにも選ばれた。

2013年 年俸 4億円

リーグ戦18試合に出場し、1得点をマーク。この年は、冬の市場でミランに移籍したため前半戦だけの記録となる。

そして、本田圭佑の目標であったビッグクラブのミランに移籍が決まった。

契約内容は、3年半で、背番号は10番を背負うことになった。日本人選手が名門クラブで10番を背負うことは初となった。

2014年 年俸 5億円

シーズン途中からであったため、リーグ戦14試合1得点に終わる。この時、インテルには長友佑都が所属しており、ミラノダービーで日本人対決かと盛り上がったが、本田圭佑に出場機会はなく、次回に持ち越された。

2014年 年俸 5億円

この年は、スタートダッシュが非常によく、ミランのエースとさえ思うような始まり方だったが、後が続かず、リーグ戦29試合に出場し、6得点を記録した。

昨シーズン叶わなかった、長友佑都とのミラノダービーにも出場を果たした。

2015年 年俸 5億円

この年は、監督交代もあり、前半戦は出番がなかったが、後半戦からは、右サイドでレギュラーとなり活躍。

ミラノダービーでは、決勝点をアシストし、イタリア各紙から最高点が与えられた。

2016年 年俸 5億円

この年も監督交代があり、スピードがある選手を起用する方針もあり、出場機会が激減した。

しかし、千両役者の本田圭佑は見せてくれた。ホーム最終戦では、直接FKを決め、来期のEL出場を決定づけた。

このFKは、ミランサポーターが選ぶ5月のベストゴールにも選ばれた。最終節では、移籍後初のキャプテンマークを巻くなどフル出場を果たした。

ミラン時代も3年半の契約であったため年俸の推移はなかったが、逆に考えると年俸の推移があったら、どれだけ下がっていたことやら・・・。

そして、本田圭佑はミランを去ることを決意する。本田圭佑がどこに行くか注目が集まったが、移籍先はメキシコのパチューカ。

パチューカとは、1年契約で、年俸4億5000万円で契約。年齢のことも考えれば、単年契約で当然か。

でも、活躍次第で年俸も上げられるはずだから、大きな年俸の推移も期待したのかもしれませんね。

まとめ。

今回は、本田圭佑の年俸の推移を書いてみましたが、大きく跳ね上がることもあったが、ピーク?を過ぎてから、徐々に下げてきていますね。

これも年齢のせいだと思いますが、こういった年俸の推移は仕方のないことだと思います。

何人かの選手の年俸の推移を書かせてもらいましたが、本田圭佑ほど年俸の推移がない選手も珍しいなと思いましたし、契約の年数や仕方でそうなったのでどうしようもありませんね。

年俸は、Jリーグの時と比べ、はるかにもらっていますが、それを寄付したり、ビジネスに当てたりなど使い方が多様な本田圭佑。

今後は、サッカーだけでなくビジネスにも力を入れていくはずなので、そちらの方も注目していきたいと思います。

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