武藤嘉紀が、大学時代に大怪我と向き合い得たモノとは何か?

ドイツブンデスリーガのマインツで活躍をしている武藤嘉紀。高校生の時から、注目を集め、サッカーのエリートコースを歩んできた。

さらには、学業にも手を抜かず、慶應義塾大学まで進学し、学業でもエリートコースを歩んできた。

まさに、異色の存在である。天はいくつ武藤嘉紀に与えれば、気が済むのかなとも思うぐらい(笑)出身大学聞いただけで、ビビりそうですけどね。


慶應義塾大学に在籍しながら、FC東京の特別指定選手に選ばれたり、さらには、日本代表まで選出されるほど、大学時代から注目を集めていた。

その当時は、イケメン、高学歴、サッカーもできるといったことで注目を浴び、話題となっていましたよね?

しかし、そんな武藤嘉紀も、大学時代にも怪我との戦いがあったそうです。

現在も、戦っているようですが。今、武藤嘉紀がマインツで活躍できている理由は、大学時代のあることが今を支えているようです。

いったい、大学時代のあることとは、なんだったのでしょうね?まずは、武藤嘉紀の大学時代から振り返っていこうと思います。

慶應義塾大学、ソッカー部に在籍していた頃。

武藤嘉紀は、慶應義塾高校を卒業後、慶應義塾大学へ進学。

進学の際は、FC東京から、トップチームに昇格の話をもらっていたが、当時の自分の実力では、まだプロのレベルではないということで、大学進学を決めたようだ。

昔と違い、高卒、ユース上がりでトップチームに入団せず、大学進学をする学生さんが増えてきましたよね?

大学サッカーで、土台をしっかり作りたいことと、第二の人生のことを考えてのことでしょうが。

出身大学が、慶應義塾大学となれば、第二の人生を考えた時にも有利になるかもしれませんし、FC東京出身となれば、FC東京から指導者としての話も来るかもしれませんからね。

出身大学、チームとなれば、お声がかかりやすいでしょうし。

武藤嘉紀は、2011年に慶應義塾大学に入学し、ソッカー部に入部。大学1年時から、大活躍であったようだ。

目標は、得点王と新人王だったようだが、試合中の接触で、左膝半月板を損傷するという大怪我をした。

流石に、大怪我であったので、復帰には時間がかかったが、復帰後は以前のようにプレーはできなくともチームプレーを重視しつつ、自分も生きるようなサッカーをしていたらしい。

怪我の再発を考えてのプレーだったと思いますが、それが大正解であったと思われます。

そこで、無理をしていれば、もしかしたら、今の武藤嘉紀はなかったのかもしれません。

2012年には、FC東京から特別指定選手に選ばれ、練習にも参加していたそうだ。

ここで、プロのレベルと自分のレベルの違いを確認していたのではないでしょうか?

もしかしたら、この時にプロでもやっていけるのかなと感じたのではないでしょうか?

その後は、大学サッカーとFC東京での活動を同時にこなしていた。

さらには、学業もあるわけだから、より濃い大学生活をしていたのでしょうね。大学の課題も大変であったでしょう。

武藤嘉紀は、大学選抜にも選出され、ドイツキャンプ、デンソーカップサッカー日韓定期戦のも参加していた。

前年に続いて、FC東京から再度、特別指定選手に登録され、Jリーグデビューを果たした。

ソッカー部の顧問にプロ入りを勧められ、3年時にソッカー部を退部して、プロ入りを決めた。

プロ入りする前は、武藤嘉紀は膝のことも心配していたことでしょうが、タイミング的にプロになるなら今だと思い、決断したんでしょうね。

この決断は、良かったのかなとも思います。恐らく、大学サッカーのレベルではないことと、武藤嘉紀のサッカー人生を考えて監督は推してくれたのでしょうね。

その背中を押してくれた監督が、武藤嘉紀の人生を大きく変えたのかもしれない。その監督とは、須田芳正氏という方で、医学博士でもある方だそうだ。

凄い人が、監督やってたんだな。下手すれば、トレーナーとかいらないんじゃないかと思いますね。

さて、須田芳正氏とは、どんなエピソードがあったのでしょうか?

大学時代の恩師、須田芳正氏とのエピソードとは?

須田芳正氏とのエピソードと呼べるのか?とも思いますが、紹介していきたいと思います。

武藤嘉紀が、大学1年生の時、左膝半月板損傷の大怪我をしました。膝の怪我で、約1年くらい試合に出れなかったそうです。

「その間に、食事や栄養の勉強もし、実践していたという。一流のアスリートになるためには怪我と向き合い方が重要」

と須田芳正氏は言っている。

ということは、武藤嘉紀も長期離脱をした時には、食事や栄養面の勉強をしてたことになりますよね。

慶應義塾大学は、一流アスリート養成の大学でもあるのかと思ってしまいますよね?

当時の武嘉嘉紀も膝の怪我とあって、下半身に怪我をした人って、そこをかばってしまうがあまり、他も痛める人も多いようですからね。気を付けないとですよね。

武藤嘉紀は、大怪我を負ってしまったが、これを機に、怪我と向き合う姿勢を学んだことでしょう。

さらに、

「特に膝の場合繰り返し痛めてしまうことで、慢性的な痛みを抱え選手生命や選手寿命を大きく左右します。さらに中年以降にその後遺症により階段がおりづらいなど慢性的な痛みが現れやすくなります。」

と須田芳正氏は話していました。確かに、膝の怪我は繰り返し痛めてしまいますし、慢性的な痛みは伴いますね。

私も、膝を故障してサッカーを辞めた後でも、たまに痛みを感じますね。私の場合は、年齢の影響もあると思いますが(笑)

膝の問題となると、ずっと言われていることですが、人工芝でのプレーですよね。

人工芝のグランドは、水はけがよく、天候関係なしでできますし、管理もさほど手がかからない。

最近の人工芝であれば、問題ないのかなと思われますが、昔は膝に直接来ましたからね・・・。

友人は、2年間ぐらいでしたが、人工芝のグランドで練習をしていたせいか、膝に痛みを抱えて、サッカーを辞めた人もいますからね。

須田芳正氏の教え子で、大学入学時に膝がボロボロで走ることも難しい学生さんがいたようです。

やはり、長年人工芝で練習をされてきたことが影響していたらしく、ソッカー部に入部することも諦めていたそうです。

しかし、須田芳正氏のアドバイスで、食事を変え、リハビリに励み、怪我を克服したようです。ダその後、大学4年間は試合にも出ていたそうです。

このようなことがあってからのかは、わかりませんが、大学のソッカー部の寮の食堂では選手自らが怪我のことであったり、筋肉の修復のための栄養、食事について話し合うことが多いそうです。

もともと知識を取り込む力が優れている大学で、優秀な方々の集まりですから、そのような情報交換は凄く勉強になると思いますし、今後のサッカー人生においても重要な知識になりますね。

話だけ聞いてると、大学の部活なのか?スポーツトレーナー養成所なのかわからなくなりますね(笑)

須田芳正氏の栄養、食事の指導もあって、武藤嘉紀はブンデスリーガで怪我をしても、怪我の管理であったり、リハビリの方法であったりとしっているからこそ、現在もマインツで活躍できているわけですね。

今後も、慶應義塾大学ソッカー部はこのような活動をされていくでしょう。

慶應義塾大学出身の選手がいたら、このような相談に乗ってくれるかもしれませんね。

武藤嘉紀、慶應義塾大学出身で良かったですね。慶應義塾大学出身のアスリートがいたら、聞いてみたいですね!

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