実は拘りがあった。酒井高徳の日本代表の背番号24の理由とは?

さてさて、ロシアW杯に向けて、海外組がアピールし始めてますね。プレミア、リーガなどは始まっていますし、今週末からブンデスも再開しますしね。本当に楽しみです。

プレミアに関しては、ウィンターブレイクなんてものないですかね。かなり厳しい日程との戦いになっていますね。故障者が出ないことを祈っております。

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日本代表メンバー発表まで、あと5ヶ月ぐらいになりましたが、いったいどんなメンバー選考になるのでしょうかね?大体、日本代表に選ばれそうなメンツは想像できますが・・・。

この前の東アジア選手権では、残念ながら数人の選手が生き残ったかなと言った印象で、海外組が有利と言わざるを得ない状況になってきましたね。

日本代表の選考を迷わせる選手が出てきてほしいです。

それでも、日本代表のメンバー発表まで時間はありますから、国内の選手たちの奮起も期待したいと思いますね。

後は、11月に日本代表呼ばれていなかった本田圭佑、香川真司、岡崎慎司の3人が呼ばれるのかも注目ですよね。

日本代表に呼ばれなかったことが、逆に彼らの刺激になったのか?パフォーマンスが良くなってきていると思われますし、再び日本代表に選ばれていてもおかしくないでしょうね。

現段階で日本代表が決まっている選手も何人かいるとは思いますが、サプライズ召集などもあり得ますからね。最後まで気を抜かずにプレーをしてほしいですね。

新潟県出身の酒井高徳も恐らく呼ばれると思いますので、酒井高徳の動向なども注目していきたいと思います。

今シーズンも、かなり厳しい戦いで、残留争いに巻き込まれてしまっていますが、まだ半分ぐらいは試合があるので、勝ち点を積み重ねていってほしいですね。

酒井高徳は、早い時期から日本代表に召集されていますが、最初の内は、背番号が3番だったと思います。

最近は、背番号が21番に固定されていますが、日本代表常連は背番号が固定化されているのでしょうかね?

酒井高徳の日本代表の背番号について書いていきたいと思います。日本代表では、何番が多かったのでしょうか?

酒井高徳の日本代表での背番号は固定されちゃったのか?

酒井高徳と言えば、アメリカのニューヨーク市で生まれ、日本人の父とドイツ人のハーフであることは良く知られている。

4人兄弟なのだが、兄は柔道家、弟はサッカー選手とスポーツ一家でも有名である。4人中3人サッカー選手とは、サッカーの素質ありすぎですよね。

ハーフだから?とか関係ないが、フィジカルが強く、スタミナも豊富。メンタルも強いですからね。

酒井高徳は、2010年に日本代表に初選出されたが、日本代表デビューは、2012年のキリンチャレンジカップのUAEとの試合で日本代表デビューを飾った。

日本代表初選出から、代表デビューまで期間が長いですねと思っても、W杯ブラジル大会のこともありましたからね。日本代表に呼ばれるだけでもすごいと思いますが。

その時の背番号は、ちょっとわからなくて申し訳ありませんが、ロンドン五輪の時の背番号12で出ていたのかなとは思います。

2013年のコンフェデレーションズカップでは、背番号3を付けていたみたいですね。そのまま、W杯ブラジル大会の日本代表のメンバーに選出され、ここでも背番号3を付けていた。

しかし、W杯ブラジル大会では、メンバー入りしたものの、試合には出場できずに終わってしまった。チームもグループリーグ敗退に終わってしまった。

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その後も、日本代表に呼ばれ続け、2015年からは背番号24番で落ち着いている。もし、ロシアW杯でも引き続き背番号24番で登録されるのかなと思われます。

なぜ、背番号24番で落ち着いたのかはわかりませんが、レプリカの製造とかも影響しているのではないでしょうかね?内田篤人が、背番号変えた時は大変そうでしたからね。

ほとんどの選手が、背番号はもう固定と言った感じになってますからね。その方が、サポーターも嬉しいと思われますし。メーカーも急な発注とかなくて済みそうですしね。

選手本人たちも納得してつけていれば問題ないのではないでしょうか?日本代表だからこそ、拘りがあるのかもしれませんが。

酒井高徳=背番号24というようになってきていますが、ロンドン五輪やアジア予選では何番だったのでしょうかね?

ロンドン五輪の時の背番号も調べてみました。

ロンドン五輪の時も背番号は固定されていたのか?

2011年のU-22日本代表に選出され、ロンドン五輪の予選に参加。ロンドン五輪では、メンバーに選ばれるも、酒井宏樹、徳永雄平の両サイドバックのバックアップのために選出された。

しかし、酒井宏樹の負傷もあり、結果的に4試合に出場することができ、ベスト4まで進出することに貢献した。

アジア予選の時は、背番号は何番だったのかは、これまたわからずじまいで申し訳ありません。

ロンドン五輪本大会では、背番号12番で出場していたことから、アジア予選でも背番号12で出場をされていたのではないかと思われます。

酒井高徳の背番号12番なんですけど、2010年のW杯南アフリカ大会で、当時、現在もですが、アルビレックス新潟の矢野貴章が背番号12番だったからとかいう説もありますが、これはないでしょうね(笑)

酒井高徳は、結構背番号が変わる選手だったんですね。酒井高徳には背番号への拘りなどがあるのでしょうかね?恐らくないと思われますが・・・。

実は、酒井高徳には背番号への拘りがあった!

ハリルホジッチ監督になってからのことである。それまでは、背番号21を付けていた酒井高徳であったが、監督が変わったことで、これをいい機会と思って背番号を変えたらしい。

日本代表の合宿の時に、背番号は各選手の希望により決定を行ったという。きっと、ある選手は、この背番号がほしいとか言い争いとかになっていたりして。

その時に、酒井高徳は背番号24番を選んだ。代表合宿後の取材で、酒井高徳は背番号24について、

「他の選手とかぶっていて、プロに入った時に24を新潟でもらっていたので」

と明かしていたが、それだけではなかったようだ。

恩師が昔つけていた番号であったことも話している。片渕浩一郎さんという方であった。

かつて、アルビレックス新潟でプレーした経験を持ち、その後、アルビレックス新潟の下部組織の監督をされていたそうで、その時に酒井高徳を指導していたようだ。

片渕浩一郎さんが、現役時代につけていた背番号が24番だったこともあり、日本代表の背番号を決める際には24番を選んだようだ。

酒井高徳曰く、

「いい機会だし、初心に戻る」

と語っていたようだ。これが、良いきっかけになれば良いのですがね。

その後も、背番号24番を背負い続けていますが、日本代表に選ばれ続けている限り酒井高徳は、背番号24で行くと思いますね。

常に、初診でいられるように。きっと、ロシアW杯で貴重な戦力として、日本代表に貢献してくれると思います。

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