【歴代】サッカー日本代表キャプテンは?1968年から現在までまとめてみた!

サッカー日本代表のキャプテンというと真面目な方が多い印象がありますが、どうなのでしょうか?

直近では、長谷部誠選手が長い間、サッカー日本代表のキャプテンを務めていたので、そのような印象があるかもしれません。

今は、吉田麻也選手が務めていますが、歴代のサッカー日本代表のキャプテンはどんな方が務めていたのでしょうか?

今回は、サッカー日本代表の歴代キャプテンについて書いていきたいと思います。


サッカー日本代表歴代キャプテンは?1968~1980年代

サッカー日本代表歴代キャプテンは、どんな方が務めていたのでしょうか?

ちょっと古いところから調べてみました。

まずは、1968年から1980年代のサッカー日本代表のキャプテンについて見ていきたいと思います。

八重樫茂生(1968)

1968年メキシコシティオリンピックの時のキャプテン八重樫茂生氏。

日本サッカー界の歴史に残るメキシコシティオリンピック銅メダルを獲得!

メキシコオリンピックというと、どうしても釜本邦茂氏が取り上げられますが、この時のサッカー日本代表キャプテンである八重樫茂生氏も有名どころのようですね。

実は、初戦のナイジェリア戦で靱帯断裂の怪我を負い、残り試合は欠場・・・。

しかし、八重樫茂生氏は腐らず、チームのサポートをしていたようです。

松葉杖をつきながら、ユニフォームを洗っていたという話があります!

チームのためと思って行ったことが、銅メダルにつながったのかもしれませんね!

八重樫茂生に関しての詳しい情報は、コチラ→八重樫茂生

小城得達(1969~1974)

引用:【今日の誕生日】4月15日/日本サッカー界の頂点に立つレジェンド――釜本邦茂&楢崎正剛 | サッカーダイジェストWeb (soccerdigestweb.com)

1969~1974年までキャプテンを務めた小城得達氏。

右の方が、小城得達氏です。左は、釜本邦茂氏ですね。

メキシコシティオリンピック後のキャプテンですので大変だったことでしょう。

小城得達氏もメキシコオリンピックメンバーだったそうで、凄いのはFW、MF、DFをこなすオールラウンダーの選手だったようです。

サッカー日本代表では主にDFで活躍され、国際Aマッチ62試合に出場しました。

フィジカルトレーニングに励み、強靭な肉体を作り上げたことでも有名のようです。

小城得達に関して詳しい情報は、コチラ→小城得達

釜本邦茂(1975~1977)

引用:名選手「釜本邦茂」: サカろぐ!football~サッカーを愛するすべての人へ~ (seesaa.net)

小城得達氏の後にキャプテンに就任したのは、釜本邦茂氏です。

釜本邦茂氏の説明は不要のぐらい有名ですよね?

メキシコシティオリンピックで7得点を挙げ、得点王に輝き、サッカー日本代表を銅メダルに大きく貢献!

今でもサッカー日本代表歴代最強のストライカーと呼ばれているほどの名選手。

釜本邦茂氏の動画があったので載せてみました!

トラップが上手いですね。ここで勝負が決まっているように思えます。

これだけのストライカーがいれば、サッカー日本代表の戦いも楽になるのではないでしょうか?

藤島信雄(1978)

引用:FC tokiokas:1974年日韓戦 (livedoor.jp)

1978年に、サッカー日本代表キャプテンに就任したのは、藤島信雄氏。

豊富な運動量で攻守に貢献していたようです。

※引用サイトを見ると、上手くはなかったようです。果たして、どうだったのでしょうか?

藤島信雄氏の詳しい情報に関しては、コチラ→藤島信雄

落合弘(1978~1979)

藤島信雄氏の後を継いだのが、落合弘氏。

落合弘氏は、メキシコシティオリンピック以降低迷していたサッカー日本代表キャプテンを務めました。

FWからDFまでこなせる器用さを持ち合わせ、低迷するサッカー日本代表を支えた名選手!

この時代の選手は、どのポジションでもプレーできていたんですね。

引退後は、サッカー日本代表コーチ(1988年~1992年)、浦和レッズ(1992年~1993年)のコーチを務めていました!

落合弘氏の詳しい情報については、コチラ→落合弘

前田秀樹(1980~1981)

引用:平成1号の前田秀樹氏が語る令和1号の意味 (nikkansports.com)

法政大学在学中に、サッカー日本代表に選出されました!

サッカー日本代表では65試合に出場し、11得点をあげる活躍をされたようです。

前田秀樹氏は、昭和から平成に変わった後の日本サッカー公式戦初得点をあげたことで有名!

引退後は、解説者や指導者として活躍!

あの「ドーハの悲劇」の解説をしたことでも知られています。

前田秀樹氏の詳しい情報については、コチラ→前田秀樹

田口光久(1982~1984)

1976年からサッカー日本代表に選出され、国際Aマッチ59試合に出場した守護神。

原博実氏のインタビューで、田口光久氏は先輩にも怒鳴る選手だったようです。

そして、驚いたのが足が速いという話!

インタビュアーも驚いていました。

現役時代の田口光久氏を知らない方は驚くでしょうね。

また、足元が上手く、ボール回しが上手かったようですよ。

原博実氏が現役時代の田口光久氏について語っている動画はコチラ↓

引退後の姿から想像もできないことが多かったですね!

田口光久氏は、2019年11月に呼吸不全のためお亡くなりになりました。

木村和司(1986)

引用:木村和司伝説のFK カズW杯前進弾/過去の日韓戦 – 日本代表写真ニュース : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

1986年にサッカー日本代表のキャプテンを務めたのが、木村和司氏。

この方も説明不要な方ですよね。韓国戦のFKは伝説のゴールとして語り継がれています↓

5分20秒あたりから伝説のFKのシーンです。

明治大学在学中に、サッカー日本代表に選出されるほどの逸材でした。

しかし、練習嫌い、わがままで扱いに困っていたようです。

ロサンゼルスオリンピック予選前まで右ウイングのポジションでプレーしていましたが、攻撃的MFのポジションに変更。

当時のサッカー日本代表は、木村和司氏のチームと呼ばれるほど影響力のあった選手でした。

加藤久(1985~1987)

引用:掲額者|日本サッカー殿堂|JFA|日本サッカー協会

ヒゲがトレードマークで印象に残る選手。

読売クラブの黄金期を支え、ヴェルディ川崎の選手としても活躍されました。

ソウルオリンピック予選では最終予選まで進み、引き分けでも出場決定という条件でありながら負けてしまい、本戦に出場できませんでしたね。

この試合を最後に、サッカー日本代表を引退しました。

原博実(1988)

引用:原博実副理事長のJリーグ勢分析 今年のACLは「チャンスあり」 – スポーツナビ (yahoo.co.jp)

現在は、サッカー協会で活躍されています。

現役時代は国際Aマッチで37ゴールを挙げ、歴代3位の記録を持つ方。

ヘディングが得意のようで付いた愛称が「アジアの核弾頭」。

物騒な愛称ですが、昔ならアリかもしれません。

愛称は危ないですが、人柄は良く、人望も厚い方のようです。

松永成立(1989)

引用:サッカー日本代表:ドーハの悲劇…W杯出場をかけた戦い [写真特集5/9] | 毎日新聞 (mainichi.jp)

GKとしては大きくないのですが、度胸ある飛び出しと当時では珍しい足元の技術もあったGK。

あの「ドーハの悲劇」を経験した選手でも有名ですね。

1968年から1980年代のサッカー日本代表の歴代キャプテンを見てきましたが、歴代キャプテンは歴史に名を残すような名選手が多いですね。

サッカー日本代表歴代キャプテンは?1990~現在まで

1990年から、サッカー日本代表が強くなっていった時期ですね。

このころのサッカー日本代表のキャプテンはどんな方が務めていたのでしょうか?

森下申一(1990)

引用:G大阪森下申一氏GKコーチに、児玉氏らトップ昇格 – J1 : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

1985年にサッカー日本代表に選出され、1987年のソウルオリンピック最終予選で活躍。

それ以降は、松永成立氏が起用されることになり、控えに回ってしまいました・・・。

1997年に引退し、引退後はコーチとして活躍しています。

柱谷哲二(1991~1995)

引用:【PHOTO】日本代表を牽引してきた歴代キャプテンを紹介!(1991年~2019年) | サッカーダイジェストWeb (soccerdigestweb.com)

激しいプレーと厳しいコーチングでつけられた愛称は「闘将」。

守備的MF、CBで大活躍されましたね!

サッカー日本代表だけでなく、ヴェルディ川崎の黄金期を支えてくれました。

1988年にサッカー日本代表に選出され、オフトジャパン時代にはキャプテンに抜擢!

「ドーハに悲劇」も経験し、1995年までサッカー日本代表でプレーし、1998年に現役を引退されました。

引退後は、解説者や監督業で活躍されています。

井原正巳(1996年~1999)

引用:カズ落選、アトランタ世代の台頭…井原正巳はW杯初出場チームをどうまとめ上げたのか?【日本代表キャプテンの系譜】 | サッカーダイジェストWeb (soccerdigestweb.com)

「ドーハの悲劇」、W杯初出場など歴代キャプテンの中で、天国と地獄を味わった選手。

日本代表の最終ラインを統率し、冷静なカバーリングや対人守備に定評があり、付けられた愛称は、「アジアの壁」。

当時の日本代表メンバーの中で世界で通用する選手として評価されていました!

W杯フランス大会後もサッカー日本代表に召集されましたが、1999年に行われたコパ・アメリカを最後に召集されなくなりました。

2002年に現役を引退され、解説者、指導者で活躍!

現在、サッカー日本代表で活躍する冨安健洋選手を育てたことでも有名ですよね?

今後も素晴らしいCBを育ててくれるのか?楽しみなところ。

森岡隆三(2000~2002)

引用:元日本代表DF森岡隆三が契約満了により京都U-18監督を退任…Jユースカップなどで3位に導く – ライブドアニュース (livedoor.com)

トルシエ監督から信用されており、最終ラインから的確なコーチング、冷静な守備を評価され、キャプテンに就任。

アジア杯優勝、シドニーオリンピックでベスト8、W杯日韓大会でベスト16とサッカー日本代表の黄金期を支えてくれていました。

日韓大会では初戦のベルギー戦で負傷し、それ以降出場できずに終わってしまいましたね・・・。

ジーコジャパンでも召集されましたが、国際親善試合アルゼンチン戦以降召集されなくなりました。

歴代キャプテンの中でも良い時期を過ごした選手だったと思われます。

中田英寿(2002~2004)

引用:【ワールドカップヒストリー#第10回】「2006FIFAワールドカップ ドイツ」第3戦 vs ブラジル|JFA|公益財団法人日本サッカー協会

ゲームを読む力が素晴らしく、セリエAで成功を収めた選手と言っても過言ではないかもしれません。

当時世界最高リーグであるセリエAで長年やれていたことが何よりの証明。

新世代の選手として大きな注目を集めた。また、ファッションに注目が集まり、成田空港で現れる際には、「成コレ」というような言葉も使われるようになりましたね。

※今でも、世界で名を知られている日本人選手として有名。

過去最高の日本人選手と評価されることも多いです。

宮本恒靖(2004~2006)

引用:宮本恒靖(日本)=DF W杯成績:…: 歴代最強イレブン 隠れスタメン 特集:時事ドットコム (jiji.com)

冷静な守備とコーチングが魅力な選手でした。

語学が堪能で、2004年に行われたアジア杯では、審判にPKの位置変更を申し入れたことは有名!

ルックスが良く、女性ファンも多く、人気、実力を兼ね備えた素晴らしいキャプテンでした。

U-17サッカー日本代表からすべてのカテゴリーでキャプテンを務めるほどの人望の持ち主であったようですね。

川口能活(2006~2008)

引用:元日本代表・川口能活が引退について激白!「4年前のあの時からずっと頭の中に…」 | サッカーダイジェストWeb (soccerdigestweb.com)

オシム氏が監督になってからキャプテンに就任した川口能活氏。

闘志あふれるプレーが持ち味の選手でしたが、年齢を重ねるごとに味のあるプレーを見せてくれるようになりました。

日本代表のGK像を変えてくれた人物であることでも有名ですよね。

ライバルであった?楢崎正剛氏とのポジション争いは、大きな注目を集めていました。

W杯南アフリカ大会では、大会前まで公式戦出場がないながらも選出され、周囲を驚かせましたね。

岡田監督は、川口能活氏にチームのまとめ役を任され、キャプテンに就任!

試合出場はなかったですが、チームをまとめ上げ、ベスト16進出に大きく貢献しました。

中澤佑二(2008~2010)

引用:【画像】中澤佑二/2010 FIFAワールドカップ・南アフリカ – ライブドアニュース (livedoor.com)

空中戦に絶対の自信を持ち、対人守備も凄かった選手。

W杯南アフリカ大会では、闘莉王氏と共に鉄壁なディフェンスを披露し、ベスト16進出に大きく貢献。

ファンサービスにも定評があり、選手、ファンから愛された選手。歴代最高のCBの一人として評価されています。

長谷部誠(2010~2018)

2010年から2018年W杯ロシア大会までサッカー日本代表キャプテンを務めた長谷部誠選手。

リーダーシップ、的確なコーチング、中盤でのバランスのとり方など派手さはないがキャプテンとして必要な能力を兼ね備えていたと思われます。

サッカー日本代表を引退してしまいましたが、現役は続行しています。

何歳まで現役続行されるのでしょうか?

今後の長谷部誠選手の活躍、動向に注目しましょう!

吉田麻也

 

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長谷部誠選手の後を引き継いだ吉田麻也選手。

海外で長年プレーし、様々な経験をされているので心強いですね。

キャプテン就任後、長谷部誠選手にはなれないと弱気な発言をしていましたが、今では素晴らしいキャプテンシーを発揮してくれています。

W杯カタール大会が集大成になる可能性が高いので、吉田麻也選手には本大会への切符を勝ち取ってほしいものです。

そして、ベスト8以上の成績を収めてほしいですね。

まとめ

今回は、サッカー日本代表の歴代キャプテンについて書いてみました。

歴代キャプテンを振り返ると様々な方がいらっしゃいますね。

ポジションもディフェンダーの方が多かったですが、前線の選手もいたのでビックリしました。

近年は、後ろの方のポジションの選手がされている感じですが、後ろからピッチ全体を見渡せて指示が出せるので良いのかなと思います。

今後のサッカー日本代表キャプテンで、長谷部誠選手の期間の長さを破る人が出てくるのか?楽しみですね!

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