【歴代】サッカー日本代表のコーチは?1998年から現在までまとめてみた!

サッカー日本代表監督は大きな注目を集めますよね?

一方、監督を支えるコーチ陣は日が当たらない状況となっているように思えます。

意外と、コーチ陣に目を向けると、その後監督に就任されている方も多く、現在コーチをされている方にも注目してみては?と思うことがあります。

結構、個性がある方が多く、注目するとサッカー日本代表戦が面白くなるかもしれません。

そこで、今回は、サッカー日本代表の歴代コーチについて書いていきたいと思います。

※W杯フランス大会以降で書きました。


サッカー日本代表の歴代コーチ~1998年から2006年~

サッカー日本代表が初めてW杯に出場した時からのコーチ陣について書いていきます。

歴代のコーチ陣の中でも名誉ある時であったことでしょう。

岡田武史監督時代(第1次政権)

岡田武史監督時代(第1次政権)のコーチ陣は、小野剛氏、フラビオ氏(フィジカルコーチ)、マリオ氏(GKコーチ)の3人です。

アシスタントコーチとして活躍された小野剛氏を紹介していきたいと思います。

岡田武史監督が就任してからアシスタントコーチとして活躍。

W杯フランス大会後は、アンダー世代のコーチとしても活躍されており、2002年にはサンフレッチェ広島のヘッドコーチに就任。

チームがJ2に降格したことで、コーチから監督に昇格し、翌年にはJ1に復帰し、安定した成績を残すが、2006年には成績不振で辞任・・・。

2006年にJFA技術委員長に就任し、2007年にはオシム氏が倒れた際には、岡田武史氏に監督就任を打診したようです。

良く知る人物であるからこそできたことだと思われます。

2009年から育成部門の担当となるも、U-20男子がW杯出場を逃したことで辞任されました。

そして、2011年には、岡田武史氏が中国の杭州緑城の監督に就任の際に、小野剛氏にはコーチに就任されました。

2013年まで杭州緑城で活躍され、2014年からはロアッソ熊本監督に就任!

2018年に日本サッカー協会技術委員会委員に就任し、その年の12月にFC今治の監督に就任と大忙しの小野剛氏。

2020年には、再び、日本サッカー協会技術委員復帰されました。

トルシエ監督時代

トルシエ監督時代のコーチ陣は、山本昌邦氏、アジャム・ブジャラリ・モハメッド氏、川俣則幸氏(GKコーチ)の3人です。

山本昌邦氏の紹介をしていきたいと思います。

1996年アトランタオリンピックにコーチとして参加し、ブラジル撃破(マイアミの奇跡)に貢献しました。

この後、U-20日本代表の監督として1997 FIFAワールドユース選手権出場!ベスト8の成績を残しましたね。

中村俊輔、宮本恒靖らがいた世代であったのでやりがいがあったことでしょう!

トルシエ監督就任後、サッカー日本代表のコーチに就任されました。

この時は楽しかったことでしょう。

トルシエ監督の相手で大変だったと思われますが・・・。

トルシエ監督時代の成績ですが、

  • 1999 FIFAワールドユース選手権・・・準優勝
  • シドニーオリンピック・・・ベスト8
  • AFCアジアカップ2000・・・優勝
  • FIFAコンフェデレーションズカップ2001・・・準優勝
  • 2002 FIFAワールドカップ・・・ベスト16

とサッカー日本代表歴代最高?といっても良い成績を収めました!

このあたりから山本昌邦氏の名前が全国に知れ渡ることになったと思われます。

ジーコ監督就任後もコーチとして活躍されましたが、U-23日本代表監督に専念するためにコーチを退任されました。

U-23日本代表監督では、アテネオリンピックに出場するも、グループステージ敗退・・・。

準優勝のパラグアイ、3位のイタリアと同じグループだったので運がなかったなという感じでしたね。

違うグループであれば、グループステージ突破はあったのかもしれません。

その後は、ジュビロ磐田の監督やNHKの解説、高校、大学で指導し、2016年に日本サッカー協会技術委員会副委員長に就任されました。

ジーコ監督時代

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引用:ジーコの兄が明かす、知られざる鹿島改革の舞台裏。「日本が恋しい」|Jリーグ他|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva (shueisha.co.jp)

ジーコ監督時代のコーチ陣は、テクニカルアドバイザーにエドゥ氏、フィジカルコーチに里内猛氏が就任。

ジーコ監督の兄で、若手選手の才能を発掘することでは素晴らしい能力を持っていたようです。

エドゥ氏に見いだされた若手選手というと、鹿島アントラーズでも活躍したジョルジーニョ氏が有名。

この世代は、黄金世代が良い年齢であったので、W杯では期待されましたが、惨敗してしまいましたね。

元日本代表の中田浩二氏は、

「ドイツW杯のときは、メンバー全員が『勝ちたい!』『試合に出たい!』という気持ちが強すぎた。

それ自体は良いことなんですけど……。僕も『ベンチにいるときにもっと盛り上げられれば…』とか、『チームをまとめることができれば…』っていう後悔はありますね。

でも、どうしても試合に出たい気持ちが強かった。ジーコはすごく苦労したと思う(笑)」

引用:「試合に出たい!」気持ちがぶつかり合った2006年…「ジーコはすごく苦労したと思う」 | サッカーキング (soccer-king.jp)

と分析。

個性が強いチームでしたし、プライドもあったはずなので大変だったと思われます。

しかも、成熟したメンバーで挑んでいたので、エドゥ氏が得意とする若い才能発掘は活かされなかったのではないでしょうか?

サッカー日本代表の歴代コーチ~2006年から2014年~

選手の自主性を貫いたジーコ監督時代でしたが、日本サッカー協会は方向を転換。

日本らしいサッカーを掲げるようになりました。

オシム監督時代

その時のコーチ陣は、大熊清氏、反町康治氏、小倉勉氏の3人。

有名どころがコーチをされていたのですね。

3人のコーチを見ると、性格が違う3人が揃ったなといった感じでした。

それぞれのコーチを見ていきたいと思います。

まずは、大熊清氏。

FC東京で監督を務め、2002年に日本サッカー協会技術委員に就任!

U-19日本代表の監督を務め、FIFAワールドユース選手権に出場し、ベスト8に進出しましたね。

この時「サンキュー!〇〇」で有名になりましたね!

大会終了後、U-18日本代表監督に就任し、2大会連続でFIFAワールドユース選手権に出場しました。

この大会で監督を退任し、FC東京強化部長代理に就任され、2006年からオシム監督の下でコーチに就任されました。

岡田武史監督就任の際にもコーチとして活躍され、W杯南アフリカ大会終了後に退任。

その後は、FC東京、大宮アルディージャ、セレッソ大阪の監督を経て、2019年に清水エスパルスGMに就任されました。

続いて、反町康治氏。

2001年にアルビレックス新潟の監督に就任し、2003年にJ1昇格を果たしました。

この時のアルビレックス新潟は観客動員数で浦和レッズを抜く快挙を成し遂げました。

観客動員のために、反町康治氏が奔走したことでも有名ですね!

2006年に北京オリンピック日本代表監督、A代表のコーチに就任するもオリンピック予選が不調のため、A代表コーチを解任・・・。

北京オリンピック本大会に出場するも白星なしの結果で終わり、その後、湘南ベルマーレの監督に就任しました。

2012年に松本山雅FCの監督に就任し、J1昇格に貢献!

2019年に退任され、2020年には技術委員長、Jリーグ理事(非常勤)に選任されました。

最後に、小倉勉氏。

ジェフユナイテッド市原・千葉でコーチを務め、2005年からナショナルコーチングスタッフに就任。

2006年にA代表のコーチに就任し、W杯南アフリカ大会に出場!ベスト16進出に大きく貢献しました。

この期間に、U-17日本代表のコーチも務めるほど。相当、大変であったことでしょう。

W杯南アフリカ大会後に、ロンドンオリンピックを目指すU-23日本代表のヘッドコーチに就任され、ロンドンオリンピック出場に大きく貢献。

本大会では、ベスト4まで進出し、世界を驚かせました。

その後は、大宮アルディージャ、ヴァンフォーレ甲府、ジェフユナイテッド市原・千葉のコーチを経て、2017年から横浜F・マリノスのアシスタントスポーティングダイレクターに就任。

岡田監督時代(第2次政権)

引用:【Jコラム】前例のない磐田の抜擢人事。元日本代表コーチの大木武氏がユース監督を引き受けた理由 | サッカーダイジェストWeb (soccerdigestweb.com)

2度目のサッカー日本代表監督に就任した岡田武史監督が選んだコーチ陣は、大木武氏、大熊清氏、小倉勉氏、加藤好男氏(GKコーチ)の4名が就任。

※大熊清氏、小倉勉氏に関しては、オシム監督のところで書いたので省略します。

ここでは、大木武氏の紹介をしたいと思います。

2007年にサッカー日本代表のコーチに就任し、2009年のアジア最終予選カタール戦で指揮を執ったことがあります。

※この前の試合で体勢処分を受けた岡田武史監督の代わりです。

W杯南アフリカ大会終了後に退任され、Jリーグのクラブ監督をされていました。

大木武氏のキャリアを見てみましょう。

富士通に勤めながら指導者としてスタートしました。

1993年に、清水エスパルスのユース監督兼ジュニアユースコーチを経て、サテライトのコーチに就任!

ぺリマン監督が一時帰国した際に、監督代行を務めたこともあります。

2002年にヴァンフォーレ甲府、2003年には清水エスパルスの監督に就任します。

そのシーズンで解任され、川崎フロンターレのユースチームの監督に就任し、2005年にヴァンフォーレ甲府の監督に復帰しました。

そ後、サッカー日本代表のコーチを経て、2010年に京都サンガの監督に就任。

京都サンガ以降は、FC岐阜、ロアッソ熊本の監督に就任されています。

ザッケローニ監督時代

この時は、イタリア人のコーチと日本人コーチがいました。

コーチは、ステファノ・アグレスティ氏、関塚隆氏、アシスタントコーチに和田一郎氏。

ステファノ・アグレスティ氏は、ザッケローニ監督がACミラン、ユベントスを指揮していた時にコーチとして支えていた人物。

ザッケローニ監督の右腕と言われていました。

不利な判定が出たらベンチを飛び出して怒るほどの熱血男のようで、ゲームの分析能力に長けたコーチのようです。

ザッケローニ監督が、妻と同じぐらいの時間を過ごしているといっても過言ではないと言っていたほど。

互いに信頼しあえる仲であったようです。

関塚隆氏は、ザッケローニ監督就任の時にコーチに就任されました。ロンドンオリンピックの監督兼任という形でした。

ロンドンオリンピックはメダルは獲得できませんでしたが、ベスト4という素晴らしい成績を収めましたね!

ロンドンオリンピック後、A代表のコーチを続けるかと思われましたが、A代表のコーチも臨時的な意味合いが強く、アジア杯後にはオリンピック代表に専念されていました。

いつも通りの流れといった感じでしたね。

過去にも山本昌邦氏、反町康治氏もそうでしたので。

和田一郎氏は、日韓大会からブラジル大会まで分析スタッフ、アシスタントコーチでチームを支えてきました。

年間700試合の映像をチェックしていたようです・・・。

日本代表の試合もチェックし、練習に役立つデータを提供してくれていました。

サッカー日本代表アシスタントコーチを退任されてからは、ガンバ大阪のアシスタントコーチに就任。

2017年には、U-20日本代表のアシスタントコーチ、2020年から名古屋グランパスのコーチに就任されています。

再び、サッカー日本代表の支えになってくれるような気がするので、和田一郎氏の動向に注目したいですね。

サッカー日本代表の歴代コーチ~2015年から現在~

ザッケローニ監督が辞任されてから就任したアギーレ監督ですが、八百長事件のため、すぐに退任。

バタバタしながら、監督に就任したのは、ハリルホジッチ監督。

ハリルホジッチ監督時代

ハリルホジッチ監督の時のコーチ陣は、ジャッキー・ボヌベー氏、手倉森誠氏。

フィジカルコーチにシリル・モワンヌ氏、ゴールキーパーコーチにエンヴェル・ルグシッチ氏と浜野征哉氏。

コンディショニングコーチに早川直樹氏。

ジャッキー・ボヌベー氏は、ハリルホジッチ監督の右腕として活躍。

ハリルホジッチ監督に警告したこともあるようで、冷静に状況判断できるコーチであったと思われます。

手倉森誠氏は、A代表でコーチを務めながら、リオデジャネイロオリンピックの監督も務めていました!

リオデジャネイロオリンピックでは、グループステージ敗退になりましたが、AFC U-23選手権2016での優勝は評価されたと思われます。

オリンピック終了後に、A代表コーチ再任が決まり、W杯ロシア大会まで務めました。

若手の指導力に長けた手倉森誠氏がコーチに再任となったことは、サッカー日本代表にとって大きかったかもしれませんね。

西野監督時代

引用:西野朗新体制の日本代表、コーチは手倉森誠氏に加え、森保一U-21日本代表監督が就任【超ワールドサッカー】 (ultra-soccer.jp)

そして、緊急登板となったのが西野朗監督。コーチ陣は、日本人ばかりのオールジャパンで本大会に挑むことに。

W杯ロシア大会の時のコーチ陣は、手倉森誠氏、森保一氏。

ゴールキーパーコーチに浜野征哉氏、下田崇氏。

コンディショニングコーチに早川直樹氏、小粥智浩氏。

緊急事態であったので、このような布陣になりましたが、これが良かった。

U-21日本代表監督であった森保一氏が入閣し、西野朗監督を支えました。

緊急事態で挑んだW杯ロシア大会は、ベスト16進出し、決勝トーナメント1回戦ベルギー戦はW杯のベストマッチとも呼ばれる試合を演じてくれました!

西野朗監督に続投してもらいたかったのですが、退任され、森保一氏が監督に就任しました。

森保一監督

森保一監督になってからのコーチ陣は、横内昭展氏、齊藤俊秀氏、上野優作氏。

フィジカルコーチに松本良一氏、GKコーチは下田崇氏。

横内昭展氏は本番直前まで東京オリンピック代表監督に昇格し、本番はコーチを務めることとなりました。

斉藤俊秀氏は、U-21日本代表コーチとして就任されましたが、2019年からA代表のコーチに就任されました。

現役時代は、清水エスパルスの選手として活躍し、A代表でW杯フランス大会のメンバーにも選ばれたほどの選手。

2007年に湘南ベルマーレに期限付き移籍し、2年間プレーしたのち、藤枝MYFCに移籍しました。

選手権監督を務め、2013年に現役引退、監督退任され、翌年に清水エスパルスのアンバサダーに就任。

上野優作氏は、2021年1月にA代表のコーチに就任されました。

現役時代は、アビスパ福岡、サンフレッチェ広島、京都パープルサンガ、アルビレックス新潟、栃木SCで活躍。

現役引退後は、栃木SCのフロントに入り、2015年にヘッドコーチに就任するも9月に退任。

2018年に浦和レッズのフロントに入り、2019年にはヘッドコーチに就任されました。

このあたりからですが、知っていた方がコーチとして入閣しているので、中継を見るときには目が行ってしまいますね。

U-24GKコーチに川口能活氏が就任されたことで、コーチにも注目が集まっています!

東京オリンピック前に、こんな動画が投稿されていました↓

今後、現役を退いた選手がサッカー日本代表コーチ就任の可能性が高いと思われます。

誰がコーチから監督になるのか?楽しみですね。

まとめ

今回は、サッカー日本代表の歴代コーチについて書いてみました。

オリンピック代表監督、A代表コーチの兼任で就任されている方が多いですね。

そこから、A代表の監督に就任される方も多いので、現在コーチをされている方にも注目したほうが良いかもしれません。

※日本サッカー協会が日本人監督で行くようであれば、可能性は高いと思われます。

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2021.07.19