中島翔哉の少年時代は?サッカー小僧?八王子でのイベントって?

ポルトガルの強豪FCポルトで活躍をしている中島翔哉

強烈なインパクトを残せずにいますが、徐々に出番は増えてきているようです。

トップ下のポジションで躍動していますね。ポジション変更だけでなく家族もポルトガルに来てくれた効果で激変したようです。

シーズン残りは、インパクトのある活躍を期待したいところ。

サッカー少年のようなプレーでファンを魅了する中島翔哉ですが、どんな感じの少年だったのでしょうか?

また、八王子でのイベントに参加したことなどについて書いていきたいと思います。

まずは、中島翔哉のプロフィールから書いていきます。


中島翔哉のプロフィール。

生年月日:1994年8月23日

出身地:東京都八王子市

身長:167cm

体重:62kg

在籍チーム:FCポルト

ポジション:MF / FW

背番号:10

利き足:右足

6歳の頃、サッカーをはじめましたが、両親が離婚し、母子家庭で育ちました。

そんな状況でも、サッカースクール、フットサル教室に通い腕を磨いていたようです。

母子家庭で、これだけさせてもらえるとは凄い!ブラジル留学もしていますし、中島翔哉のサッカーにかけてくれたのですね。

東京ヴェルディのユースからトップチームに昇格し、富山、FC東京と渡り歩きました。

正直、Jリーグで中島翔哉が活躍しているという印象はなかったです。

2017年に、ポルトガルのポルティモネンセに期限付き移籍をしてから名前が知れ渡るようになりました。

移籍初年度で二桁得点をマーク。研究されていなかったことと自由にやらせてもらえたことが大きかったと思われます。

2シーズン目には、背番号10を与えられ、チームの顔になりました。

しかし、中島翔哉は何を考えてなのか?カタールのアル・ドゥハイルSCへ移籍。移籍金は3500万ユーロ(約43億7500万円)で日本人最高額を記録。

中島翔哉はポルティモネンセに売られたという報道がありましたが、本当でしょうね。

インタビューでは満足した移籍のようなことを言っていましたが、2019年の夏にポルトへ移籍。

ポルトに行きたかったんですね。遠回りしてしまいましたが、理想的なクラブへ加入。

しかし、守備力の問題などもあり、出番は減少・・・。現在は、トップ下のポジションで復活しつつあります。

ここでチャンスをつかめれば大きい!できれば、守備力に磨きをかけ、日本代表に還元してほしいですね。

トップ下のポジションだと南野拓実と被りますので、ポジション争いが楽しみです。

そんな中島翔哉ですが、少年時代は、どんな感じだったのでしょうか?

次は、中島翔哉の少年時代について書いていきたいと思います。



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中島翔哉の少年時代は?やっぱり、サッカー小僧だったのか?

6歳でサッカーを始めた中島翔哉。「松が谷FC」という地元のクラブに入団。

きっかけは、母親が募集広告を見て連れて行ったことからでした。

内気な性格だったようで、監督が話しかけると母親の後ろに隠れるような少年だったようです。

このクラブの方針は、

「低学年まではドリブル1本」

という方針で、個人の技術を上げるためにトレーニングをしていたようです。

乾貴士の所属していたクラブと似ていますね。このトレーニングが中島翔哉の土台を作ったのでしょう。

低学年時代は午前練習の後に、午後から行われる高学年の練習にも参加していたようで、丸1日サッカーをしていたようです。

OBが練習のお手伝いに来ていて、そこで高いレベルの技術を身に着けていったようです。

当たり前ですが、練習がない時には近くの公園でドリブル練習をしていたようです。

やっぱり、サッカー少年でしたね。そのくらいでないとプロでは輝けないということなのでしょう。

監督の勧めで、強豪ヴェルディのジュニアを受け突破をすると、中島翔哉の上達の速度は加速していったようです。

「どんどんボールに触れ。うまい選手がボールに触らないとゲームにならない」

と監督に言われ、それを心掛けたようです。

今もそうですが、中島翔哉は感覚でプレーをする選手なので、このような指示は的確だったのでしょう。

そこに加えて、年上の人との練習で足りない部分を理解し、レベルアップをできたことも大きかった。

サッカー漬けの毎日であったが、中島翔哉は嫌な顔をせずに過ごしていたようです。

漫画のような中島翔哉の少年時代ですが、これが将来大きく役に立ったことは言うまでもないですね。

日本だけでなく、世界でも一目置かれるようになった中島翔哉は八王子のヒーローになりました。

そんな彼を八王子が放っておくわけにはいきません。

ポルティモネンセに移籍する前ですが、八王子のイベントに参加する姿がありました。

いったい、どんなイベントに参加したのでしょうか?

八王子のイベントに参加の中島翔哉。どんなイベントなのか?

リオ五輪で活躍したFC東京の中島翔哉が母校である八王子の別所中学校で講演会を行ったようです。

校長先生からご紹介いただき講演会スタート

今回の八王子の中学への訪問はPTAの方々からのご要望に応えたらしく、学校とFC東京ホームタウン推進部が連携して開催することに。

中島翔哉は卒業して以来7年ぶり?に訪れる八王子の母校で初めての講演会と行いました。

生徒の代表からお礼の花束を受け取りました

中島翔哉は中学生時代から

「サッカーしかしていなかった!」

というエピソードとリオ五輪での出来事などを話したようだ。

さらに、サッカー部員にはリフティングのコツのアドバイスなどサッカーの話。

生徒からの質問にもできる限り答える紳士的な対応。当たり前か!

記念撮影や握手をして講演会は終了。楽しい一時を過ごしました。

全校生徒の前で話す中島翔哉選手

中島翔哉曰く、

「母校に戻って来られてうれしかった。こうした機会をいただけたことに感謝しています」

と中島翔哉にとっても貴重な経験になったようです。

そして、八王子の市政100周年記念にて。八王子の中島翔哉団員からメッセージを依頼されたようだ。

八王子に貢献してるんですね!今後も、八王子に貢献していくことでしょう。

そんな風になるためには、W杯カタール大会で大活躍するしかなさそうです。

W杯予選も始まっていますが、最終予選では苦戦が予想されます。中島翔哉が見本代表を救うことができるのか?

楽しみですね!まずは、ポルトでレギュラーの座を獲得してほしいですね。

中島翔哉をはじめ、八王子出身のJリーガーは多いですね。いったい何人いるのでしょうか?

八王子出身のJリーガーは、どのくらいいるの?

八王子出身のJリーガーは、何名ぐらいいるのでしょうか?八王子というと、ヴェルディですね。

まず、平本一樹(東京ヴェルディ1969)。

故障に泣いた2016年は、J2で15試合に出場し、1得点だった。

2018年から八王子FCに在籍しているようです。

田中裕介(セレッソ大阪)

攻守に勘所を見極めたプレーが光る、ハイレベルな技能を持つサイドバック。

井上 平(法政大学コーチ)

2016年に引退し、母校の法政大学のコーチに就任。

林 陵平(水戸ホーリーホック)

これまでにも海外選手のパフォーマンスに挑戦してきている、今季も連続してトライしてくれているらしい。

やはり、調べてみると、ヴェルディユースからの選手が多いですね。

ヴェルディユースで調べているとキリがなさそうなので、この辺りで止めてきます。

中島翔哉も含め、八王子は、やはりヴェルディユースの出身者は多い。

そんな中島翔哉、今後は、日本とポルトガルの架け橋になってもらわないとですね!

そうなれれば、ポルトガルに移籍する選手が増えてきそうですね。

ドンドン、海外移籍が増えていくと、代表が強くなりそうですね。

もしかしたら、八王子とポルトガルの交流も増えるかもですね!

そうなったら、八王子とポルトガルで、サッカー協定とか結んだりして!




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まとめ。

中島翔哉が八王子で、このような活動をしているとは思えませんでした。

現在では、ポルトで背番号10を背負い、活躍中の中島翔哉。

八王子の子供は、中島翔哉の活躍を見てサッカー選手を目指す子供もいるかもしれませんね?

八王子100周年記念でメッセージを送った中島翔哉。八王子の至宝扱いですね。

中島翔哉の活躍で八王子が、さらに有名になるかもですね。

次は、八王子のどんなイベントに呼ばれるのでしょうか?八王子のイベントにも注目ですね。

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