久保建英の生い立ちは普通?意外?帰国後以降は?

2020年4月27日に追記しました。追記は中盤の部分です。

コパ・アメリカ初戦のチリ戦は、0-4の敗戦。

久保建英はスタメン出場し、時折、素晴らしいプレーを見せたようですが、チームとしては完敗でした。

試合前に色々とあった久保建英ですが、試合には集中しているようです。

レアル移籍で相手チームには警戒されているようなので、怪我だけには気を付けて欲しいですね。

日本サッカー界の宝である久保建英には、インパクトが残せる大会にしてほしいなという希望はあります。

バルサのカンテラで育ち、レアルに移籍をした久保建英ですが生い立ちは、どんな感じであったのでしょうか?

今回は、久保建英の生い立ちについた書いていきたいと思います。


久保建英の生い立ちは、どんな感じであったのか?

国籍:日本

生年月日:2001年6月4日

出身地:神奈川県川崎市麻生区

身長:174cm

体重:69kg

在籍チーム:レアル・マドリード・カスティージャ

ポジション:FW (ST) / MF (OMF,RMF,CMF)

利き足:左足

2016-2018:FC東京U-23

2017-2019:FC東京

2018:→ 横浜F・マリノス (loan)

2019-レアル・マドリード

2019-2020→ RCDマヨルカ (loan)

3歳の頃にクラブチームでサッカーを始める。ここから久保建英のサッカー人生が始まったのです。

そして、小学校2年生の時のバルセロナキャンプに参加をし、MVPに輝くと翌年のバルセロナスクール選抜の一員として大会に参加。

そこでも、久保建英はMVPとなる。その後は、Jリーグの強豪川崎フロンターレの下部組織に入団。

久保建英のプレースタイルに合ったクラブに入団しましたね!そこで腕を磨き、2011年にバルセロナのカンテラの試験を受け、合格。

久保建英は、10-11歳のチーム、アレビンCに入団。そこから、久保建英の快進撃が始まった。

U-12の大会でMVPを獲得したり、チームに数々のタイトルをもたらせた。

何か、サッカー漫画の「蒼き伝説シュート」の久保に似たような感じですね。

その後、13、14歳で構成されるインファンティルAに昇格したが、18歳未満の外国人選手獲得・登録違反によって、久保建英は日本に帰国することになる。

試合に出られなくなってしまっては仕方がないですからね。久保建英は帰国し、FC東京の下部組織に入団。

帰国した久保建英にとっては、物足りない環境であったと思われますね。

久保建英の生い立ちを見てみると、凄く激しいものではないですが、バルサでの活動が続いていれば、もっと凄い選手になっていたかもしれませんね。

色々な選手の生い立ちを書いてきましたが、久保建英の生い立ちは良すぎる方だと思われますね。

日本だから、このような感じなのでしょうけれども、海外で活躍している選手の生い立ちは凄かったですね。

このブログで何人かの選手の生い立ち、幼少期を書いていますので、見ていただけたら幸いです。

※生い立ちと言いますか、久保建英の幼少期の部分で追記しました。

久保建英が、バルサに入りたいと言ってから、父親は入るためには?と考え抜いたようです。

その結果、バルサのカンテラに入団できるようにすると決めたようですね!

そして、バルサのスクールに入り、国際大会に出て活躍することということを知りました。

小学2年生で、バルサの日本開催のキャンプへ参加し、MVPになることを目標にしました。

そのための練習を、小学2年生までに行ったという話があります。

父のリサーチと久保建英の努力もあり、夢の第一歩を叶えたというわけです。

ここまで計算をしてやる親子も珍しいのですが、ここまでやったからこそ叶ったのでしょうね。

残念ながら、久保建英獲得に金銭を出し渋ったため、ライバルのレアル・マドリードに行かれてしまいましたが・・・。

久保建英の幼少期にあった親子での努力は、見習うべきところが多いと思われます。

その後の久保建英の経歴についても書いていきたいと思います。

日本に帰国後の久保建英は、どんな感じであったのか?

日本に帰国した久保建英は、FC東京の下部組織に入団し、飛び級でU-18のチームに所属していた。

これは有難いことであったと思われますが、何故?FC東京に入団したのでしょうかね?

川崎とかの方がプレースタイルに合っていると思うのですが・・・。通うことが優先と、18歳になったら海外移籍OKという条件で決めたのでしょうか?

久保建英はすぐに2種登録され、J3のU-23でプロデビュー。

翌年には、ルヴァンカップでトップチームでデビューをし、シーズン終了辺りでプロ契約を果たすことに成功。

プロ契約を果たした久保建英は、2018年に活躍を期待されていましたが、守備時の貢献度の低さから試合に出られない状況が続く。

そこで、久保建英は期限付き移籍を望み、横浜FMに期限付き移籍をする。これは、良かったのではないかと思いますね。

横浜FMのアタッキングフットボールは久保建英のプレースタイルと合っていると思われたので良い決断であったと思います。

結果、J1初ゴールを決めることも出来ましたし、FC東京にいる時より楽しめていたのではないでしょうか?

フィジカル的な問題はありましたが、期限付き移籍の割には活躍できたと思われます。それに気づいた久保建英はオフシーズン体幹を鍛えたのでしょうね。

2019シーズンは、パワーアップした姿をFC東京で見せてくれていました。倒れませんし、当たり負けしなくなりました。

守備時への貢献度も上がったようで、FC東京で不動のレギュラーとして活躍。そして、A代表に呼ばれるまで成長しました。

現在は、コパ・アメリカのメンバーとして戦いに挑んでいますが、本気の南米勢に対してやれるのかを見極めてきてほしいです。

コパ・アメリカの初戦チリ戦を前に、レアルに移籍をすることが発表され、大きく報道されました。

日本サッカーにとっては良いことですが、幼少期に過ごしたバルサの方が良かったのかなと思います。

何故、久保建英はバルサでなくレアルに決めたのでしょうか?

その理由について書いていきたいと思います。

久保建英がバルサではなくレアルに決めた理由とは?

久保建英の生い立ち?幼少期のことを考えれば、バルサに移籍した方が良かったのかなと思われます。

バルサも受け入れを準備していてくれていたようですし。

久保建英の代理人は年俸とトップチームに拘った提案をし、バルサと決裂してしまいました。

そこで、レアル、PSGの話が出てきましたが、結果はレアル。

決め手は年俸と初年度はカスティージャでプレーをし、翌年にはトップチームに昇格かレンタルという条件であったようです。

移籍金がかからないということで年俸は上乗せされ、120万ユーロ(約1億5000万円)。

スペインのサッカーに慣れるため、1年間はカスティージャでという話が魅力的であったのだと思われます。

ある意味、トップチームでスタートでないので良かったのかなと思われますが、その後が気になりますね。

2年目にトップチームに昇格できなくても、レンタル移籍で違うチームに行くのか?

この点に関しては、バルサに移籍をしても変わらないと思われるので、1年目にインパクトを残し、トップチームに昇格なり、レンタル移籍ができるようになって欲しいですね。

今は、コパ・アメリカに集中していますが、終了後はレアル入団で騒ぎになるでしょう。(日本では)

カスティージャでプレーでも久保建英のことは報道されると思われるので、週末の楽しみが増えて嬉しいです。

トップチームに昇格できるような活躍に期待したいですね!

※騒ぎになりましたが、レンタル移籍で、マジョルカに移籍。

マジョルカの監督は、日本メディアの対応に苦しんでいますね。

久保建英も嫌だったと思われます。もう少し、そっとしてあげてほしいなと願ています。

まとめ。

今回は、久保建英の生い立ちと経歴について書いてみました。

生い立ちに関しては、それほど驚くようなものではなかったですが、バルサの18歳未満の外国人選手獲得・登録違反がなければなと思ってしまいますね。

生い立ちに関しては凄い選手もいるので、久保建英は恵まれている方だと思います。

帰国後は、レベルのことで悩んだのかなと思われますし、フィジカル的なことで技術が生かせなかったように思います。

それを克服した久保建英ですが、海外は甘くないのでより一層、技術、フィジカルを磨いていってほしいですね!

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