齋藤学の嫁は、どんな方?馴れ初めは?

川崎フロンターレに所属をする齋藤学

横浜F・マリノスから移籍をするときには大きな騒ぎになったほど・・・。

生涯マリノスと思っていただけに残念でした。

怪我から復帰後、川崎フロンターレで出番も増えてきたので、斎藤学の活躍が多く報道されることを願っています。

齋藤学ですが、横浜F・マリノスに在籍している時に結婚をされました。

嫁は、どんな方なのでしょうか?今回は、斎藤学の嫁について書いていきたいと思います。


齋藤学の嫁は、どんな方?馴れ初めは?

齋藤学の嫁の情報はありませんでした。

一般の方ということで公表されず。当然ですが、馴れ初めも不明。

一般の方と結婚をされた選手は公表しません。する方がレアなのかもしれませんね。

齋藤学の嫁ということで、変に注目を集めたくなかったのでしょう。

子供はいるのか?についてですが、こちらも不明。年齢的にいても不思議ではないですね。

齋藤学の結婚についてですが、2014年3月26日に横浜F・マリノス在籍時に公式HPで発表されました。

齋藤学のコメントは、

「この度、ご縁がありまして、入籍をいたしました。今まで以上の責任感と、練習、試合を頑張る覚悟ができました。ファン・サポーターの皆さまには、これまでと変わらぬご声援をお願いします。」

引用:https://www.f-marinos.com/news/detail?id=1826

齋藤学らしいコメントであったと思われます。

今でも嫁と幸せな生活をしているのでしょう!

齋藤学が離婚をした?という記事も見かけましたが、デマだったようです。

調べてみても根拠もなく、誰かが流した感じであったと思われます。誰が、こんなことをしたのでしょうか?

ちょっと、嫌な気分になりました。

※齋藤学の嫁について調べていたら、こんな話がありました。

齋藤学の勝利飯は、「カレー」のようで、野菜たっぷりとのこと。

引用:https://www.sakaiku.jp/series/oillio/2015/010500.html

にお願いをして作ってもらっているようです。

中学時代にアンダー世代の代表に選ばれてから食事を見直したようです。

プロを目指す方は、やはり意識が高いですね!

嫁も齋藤学のコンディション維持のために栄養学などを学んだことでしょう。

アスリートの嫁は大変だなと改めて思ってしまいます。

齋藤学のプロフィール

 

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4月4日30歳になりました。 コロナウィルスにより、 Jリーグも開催出来ず、練習も出来ない。外出を自粛する中で スポーツや、ライブ、テレビ番組、 普通に日常にあったものが、 どれだけ大切なことなのか、身に染みてますが、まずは命あってのこと。 助け合いと思いやり。 世界中で一丸となって、 コロナウィルスを抑えてまた普通の 日常を取り戻そう。 という事で、誕生日を迎えました。 たくさんのメッセージありがとうございます。 普段SNSを使わない分、最近の #まなぶチャレンジ #終わったらやりたいこと どうでしょうか。 自粛生活がより良いものになりますように!

齋藤 学(@manabu011)がシェアした投稿 –

生年月日:1990.04.04

身長:169cm

体重:66kg

出身地:神奈川県

利き足:右足

キャリア:

東小倉SC-横浜F・マリノスプライマリー-横浜F・マリノスジュニアユース-横浜F・マリノスユース-横浜F・マリノス-愛媛FC-横浜F・マリノス

【リーグ戦記録】
2008 横浜FM(J1) 7試合・0得点
2009 横浜FM(J1) 11試合・0得点
2010 横浜FM(J1) 5試合・0得点
2011 愛媛(J2) 36試合・14得点
2012 横浜FM(J1) 29試合・6得点
2013 横浜FM(J1) 28試合・4得点
2014 横浜FM(J1) 31試合・4得点
2015 横浜FM(J1) 32試合・7得点
2016 横浜FM(J1) 33試合・10得点
2017 横浜FM(J1) 25試合・1得点
2018 川崎F(J1) 16試合・1得点
2019 川崎F(J1) 16試合・2得点

引用:https://www.soccer-king.jp/player/article/414020.html

プロ入り前

齋藤学は兄の影響でサッカーをはじめ、地元川崎のクラブで本格的にスタート。

小学2年生の時に、横浜F・マリノススクールに入学し、小学生選抜試験を受験。

見事合格し、正式に横浜F・マリノスに入団。そこから、ずっとマリノスの下部組織で過ごしてきました。

中学では、サッカー部に入部するも活動には参加できず、高校でも同じような感じであったようです。

※齋藤学が通っていた川崎市立川崎高等学校では栄養学、トレーニング論が学べたようで、充実した高校生活を送っていたようです。

横浜F・マリノス

2009年にトップチームに昇格。2008年には、2種登録で7試合出場してたので問題なく入り込めたことでしょう。

2009年は11試合に出場しましたが、出場時間が短く、本人も納得のいかない結果であったと思われます。

2010年はカップ戦で初ゴールを決めるもシーズン通して活躍ができず、2011年に愛媛FCにレンタル移籍。

愛媛FC

ユースの時から見ていたという熱い一言で決めたようです。

J2のクラブであったため、不安は大きかったと思われます。

しかし、齋藤学は見事に復活!移籍直後は適応に苦しみましたが、シーズン14得点を挙げる活躍を見せてくれました。

反町康治(当時湘南監督)には、

「最後は“愛媛のメッシ”にやられた、という感じです」

と言われたほど、キレキレであったようですね。

愛媛FCで1年間プレーをした齋藤学は、横浜F・マリノスに復帰をすることに。

愛媛FCでの成績は、38試合14得点6アシストを記録。J2とはいえ、素晴らしい成績でした。

愛媛FC時代の齋藤学のプレー集です↓

このレベルでJ2にいたらまずいでしょ!という活躍。

翌シーズンに、横浜F・マリノスへ復帰となりました。

横浜F・マリノス復帰

2012年に、横浜F・マリノスに復帰。復帰後は主力として活躍。

大幅に試合出場試合数を増やし、天皇杯タイトル獲得に大きく貢献!

2012年には、ロンドンオリンピック代表にも選出され、2014年W杯ブラジル大会のメンバーにも選出されました。

2016年には、自身初のシーズン2桁得点を記録をし、Jリーグベストイレブンにも選出される。

キャリアハイの成績を残した齋藤学は海外移籍を試みるも移籍は叶わず。

2017年に横浜F・マリノスと契約を更新し、背番号10を渡されました。

名実ともに横浜F・マリノスの顔となった齋藤学ですが、右膝前十字靭帯損傷をしてしまい、長期離脱をすることに・・・。

横浜F・マリノス復帰後の成績

  • 2012年:公式戦37試合8得点4アシスト
  • 2013年:公式戦39試合8得点10アシスト
  • 2014年:公式戦40試合7得点2アシスト
  • 2015年:公式戦37試合7得点7アシスト
  • 2016年:公式戦41試合12得点11アシスト
  • 2017年:公式戦29試合3得点8アシスト

齋藤学の横浜F・マリノスでのプレー集です↓

2018年、齋藤学は川崎フロンターレに移籍を決める。

ライバルクラブへ移籍だけでなく、移籍金なしの移籍であったため、大きな問題になりました。

川崎フロンターレ

禁断の移籍で川崎フロンターレに移籍をした、齋藤学。

厳しい道を選んだと言っていましたが、マリノスのフロントに問題があって出ていったのでしょう。

中村俊輔も出ていった後ですし・・・。その後、フロントは良くなり、選手も望んで出ていくようなことはなくなったように思えます。

選手層の厚い川崎フロンターレに移籍後は、出番は限られていましたが、存在感は増していったかなと思われます。

出番も増えてきていますし、決定的な仕事を数多くこなしてほしいですね。

まとめ。

今回は、川崎の齋藤学の嫁、馴れ初めについて書いてみました。

一般の方との結婚で情報は全くと言っていいほどなし。仕方がないですね。

齋藤学が、カレー好きで嫁にお願いしているということが分かっただけでも良かったのかもしれません。

今後、齋藤学が嫁の食事をSNSで出してくれないかと期待をしています。

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