齋藤学の年俸の推移は?横浜と川崎、どちらが高いのか?

横浜F・マリノスと別れを告げ、川崎フロンターレに移籍をしてしまった齋藤学

個人的には、横浜F・マリノスに残留をしてほしかったのですが、フロントとの問題があり、仕方がなかったですね。

川崎フロンターレに移籍をし、気になることがありますよね?

横浜F・マリノス時代より年俸が上がったのか!

今回は、齋藤学の年俸の推移について書いていきたいと思います。


齋藤学の年俸の推移は?

シーズン所属クラブ金額
2008横浜F・マリノス350万円
2009横浜F・マリノス500万円
2010横浜F・マリノス600万円
2011横浜F・マリノス800万円
2012横浜F・マリノス1200万円
2013横浜F・マリノス1500万円
2014横浜F・マリノス2000万円
2015横浜F・マリノス2800万円
2016横浜F・マリノス2800万円
2017横浜F・マリノス5000万円
2018川崎フロンターレ7000万円
2019川崎フロンターレ7500万円
2020川崎フロンターレ7500万円

右肩上がりの年俸の推移ですね!Jリーグによくみられるパターンです。

齋藤学の年俸を見ていると、横浜F・マリノス時代の年俸が低くて驚きです。

2014年には、W杯ブラジル大会にメンバー入りを果たしているのに、この年俸?と驚かされました。

横浜F・マリノスも年俸を出し渋る傾向にあるようなので、齋藤学にとっては嫌だったことなのかもしれませんね。

齋藤学のシーズンごとの成績は?

横浜F・マリノス(第1次)

2008年は、齋藤学は、ユース在籍時に2種登録をされ、公式戦8試合に出場しました。

2種登録で8試合出場は立派なものです。当たり前かもしれませんが、得点とアシストは0でした。

2009年に、トップチームに昇格し、公式戦14試合に出場。この年も得点とアシストは0。

2010年は、出番が激減し、公式戦10試合に出場。カップ戦で1得点を挙げるも不本意なシーズンになってしまいました。

そこで、齋藤学は志願をして、J2の愛媛FCへレンタル移籍をすることに。

愛媛FC

2011年に愛媛FCにレンタル移籍をした齋藤学は持ち味を存分に発揮し、公式戦38試合に出場14得点6アシストを記録。

キレのあるドリブルで愛媛FCの攻撃をけん引。

愛媛FCを去った後も愛されているようで、齋藤学の人柄あらわれています。

横浜F・マリノス復帰

 

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愛媛FCで自信をつけた齋藤学は、復帰後、すぐに主力としてプレー。

2012年は、公式戦37試合8得点4アシストを記録!

この年は、ロンドンオリンピックもあり、見事メンバー入りを果たしています。

復帰後、これだけの成績が残せるのは、愛媛FCで試合経験を積んだおかげでしょうね。

2013年は、公式戦39試合8得点10アシストを記録し、横浜F・マリノスの攻撃をけん引。

復帰後の成績の伸びが恐ろしいですね。齋藤学の実力からすれば、このくらいは当然なのかもしれません。

※この年は、カップ戦でニューヒーロー賞を受賞。

2014年、ブンデスリーガのヴォルフスブルクからオファーがありましたが、W杯のことを考えて移籍せず。

無事に、W杯メンバー入りを果たすも出場できずに終わり、悔しい思いをしました。

ギリシャ戦では、齋藤学が絶対必要と思っていましたが、なぜか起用されず。見たかったな。

W杯では悔しい思いをしましたが、Jリーグでは素晴らしい成績を残しました。

公式戦40試合7得点2アシストを記録。安定した成績を残せる選手がいるとチームは助かります。

2015年も安定した成績を残し、公式戦37試合7得点7アシストを記録。

アジア杯があった年ですが、齋藤学はメンバーに入ることはできませんでした。

2016年は、キャリアハイの公式戦41試合12得点11アシストを記録し、ベストイレブンに選出されました。

そして、海外移籍のため交渉に挑みますが、交渉は上手くいかず・・・。

2017年の活動開始時期には、練習生として参加をしていたようです。

2017年2月8日に、横浜F・マリノスと契約を更改し、背番号10を背負うことに。

そして、キャプテンに就任することになりました!

大きな期待を背負ったシーズンですが、シーズン途中に右膝前十字靭帯損傷により長期離脱・・・。

齋藤学の2017年が終わってしまいました。

このシーズンの成績は、公式戦29試合3得点8アシストを記録。

本当に良いスタートを切れていて、齋藤学に期待をしていたので残念でした。

このシーズンの今季初ゴールのシーンです。コースを狙った素晴らしいシュート!

川崎フロンターレ

横浜F・マリノスファンにとって嫌な出来事がありましたね。

齋藤学が、川崎フロンターレにゼロ円移籍・・・。

ライバルクラブ、移籍金ゼロということで大きな問題になりました。

齋藤学が移籍を選んだ理由は、厳しい道を選んだということですが、フロントとの衝突でしょうね。

齋藤学の復帰戦が、横浜F・マリノス戦であったので狙ってやってきたのかな?

横浜F・マリノス戦で齋藤学が途中出場をするシーンです↓

私は複雑な気持ちで見ていましたが、齋藤学が復帰できたことの方が嬉しかった。

試合終了後、中澤佑二と握手をするシーンは、見ていてほっかりしました。

怪我から復帰したシーズンは、公式戦22試合2得点アシストを記録。

復帰したシーズンで22試合は良かったのではないかと思われます。

2019年は、右膝内側側副靭帯損傷を負ってしまい、シーズン後半を棒に振ってしまいました。

不幸中の幸いで、右膝前十字靭帯損傷は避けられました。

この年の成績は公式戦23試合3得点4アシストを記録。

2020年は、前半は出番が少なかったものの後半から出番は増えてきています。

出場時間も伸びてきていますし、齋藤学の活躍が多く見られるかもしれません。

選手層が厚い川崎フロンターレで結果を残すことは大変ですが、結果を出して大きく報道されることを期待しています。

まとめ。

今回は、齋藤学の年俸の推移について書いてみました。

齋藤学の年俸を見ていると、右肩上がりですね。30歳になったので、今後は維持できるか、下がるかしかないでしょう。

Jリーグによくある年俸の推移で驚きはなかったのですが、横浜F。マリノス時代の年俸の低さには驚きました。

川崎フロンターレで価値に見合う年俸を提示されたことは良かったのですが、結果が出ていないので、結果を出して価値を証明してほしいです。

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