ミッドフィールダーの宮澤ひなた選手は、神奈川県出身の24歳で、現在はマンチェスター・ユナイテッドWFC所属しています。
彼女の特徴はスピードを活かしたドリブルで、ピッチ上を自在に動き回ります。育成年代のワールドカップに2度出場し、2018年の20歳以下の大会で日本代表が初優勝に貢献しました。
本記事では、宮澤ひなた選手の出身高校や高校時代のエピソードなどを紹介してきます。
この記事の内容
日本人2人目の女子W杯得点王の宮澤ひなたとは?
引用:nifty
プロフィール
名前:宮澤ひなた(みやざわひなた)
誕生日:1999年11月28日
身長:160cm
体重:48kg
出身地:神奈川県南足柄市
家族:3人(母、兄、本人)
所属:マンチェスター・ユナイテッドWFC
ポジション:FW、MF
背番号:9
宮澤ひなた選手は3歳上の兄である宮澤佳汰(久野FC)の影響で幼稚園の頃からボールを蹴り始めていたそうです。
引用:nikkansports
当時は地元の南足柄にある向田サッカークラブに入会し、真剣にサッカーしていたそう。
本人は男の子たちに負けないように、毎日必死に練習に励んだと振り返っています。
その頃、幼稚園から小学校5年生まで関わった指導者は、「彼女はチーム唯一の女子選手であったが、非常に努力家であり、小学校4年生頃から優れた才能を示し、学年トップの腕前と速い足を持っていた」と語っています。
高校入学のきっかけ
ピンクのヘアバンドをつけてプレーするなど、アルビレックス新潟レディース所属の川澄奈穂美選手に憧れていた宮澤ひなた選手。
ある大会でOSAレイアFC U-15のコーチから声をかけられ、その誘いに応じて同クラブに入団を決意しました。
OSAレイアFC U-15は、OSAレイアFC(現在のSEISA OSAレイア湘南FC/関東女子サッカーリーグ1部)の下部組織で、星槎国際湘南はU-18のカテゴリーに相当します。
これまで男子と一緒にサッカーをしていた宮澤ひなた選手にとって、女子サッカーの世界への初めての一歩となりました。
次第にスキルを向上させた宮澤ひなた選手。
代表入りを目指す気持ちが強くなり、2015年に星槎国際湘南高等学校へ進学を決めました。
宮澤ひなたの出身高校は星槎国際高等学校
引用:wikipedia
宮澤ひなた選手の出身高校は、私立の共学校の星槎国際高等学校です。
学校名:星槎国際高等学校
学科・コース:通信制課程
偏差値:偏差値なし
所在地:〒259-0111 神奈川県中郡大磯町国府本郷1805-2
では、主な卒業生を見ていきましょう↓
写真 | 名前 | 職業 |
菅原小春 | ダンサー及び振付師 | |
市川暉記 | サッカー選手 | |
本田仁海 | プロ野球選手 | |
鍵山優真 | フィギュアスケート選手 | |
張本美和 | 卓球選手 |
スポーツ選手が多いですね。
今後もスポーツ選手を多く輩出する高校として地位を築いていくのかもしれませんね。
星槎国際湘南は通信制の高校ですが、宮澤ひなた選手が入学したのは女子サッカー専攻のコースでした。
彼女は大磯キャンパスに通い、午前中に授業を受けた後、午後はグラウンドでトレーニングに取り組む日々を送っていました。
サッカー部の練習だけでなく、トップチームであるOSAレイアFCの練習にも参加することがあり、当時のことを「一日中グラウンドにいる感覚でした」と振り返っています。
宮澤ひなたの高校時代のエピソード5選
引用:jfa
本項では宮澤ひなた選手の高校時代のエピソードについて解説をしていきます。
宮澤ひなた選手の高校時代には、どんなエピソードがあったのでしょうか?
見ていきましょう。
2015年度の第24回の女子選手権で経験した悔しさ
引用:newsdig.tbs
入学当初からレギュラーとして活躍していた宮澤ひなた選手は、2015年度の第24回女子選手権に背番号9を付けて出場しました。
中学生の頃は主にトップ下やボランチでプレーしていましたが、高校に入ると左右のウイングが主戦場となり、スピードを生かしたドリブルや裏への抜け出しがチームの大きな武器となりました。
その前年、星槎国際湘南高校が初出場した第23回大会を現地で応援。
チームの初勝利を見届けていた宮澤ひなた選手は「自分もこの舞台で活躍したい」という強い思いを抱えながら鎮西学院高校との初戦に臨みました。
試合はスコアレスのまま80分間が終了し、PK戦に突入。
5人目のキッカーとして待機していた宮澤ひなた選手。
しかし、宮澤ひなた選手の番は回ってこないままチームは負けてしまいました。
宮澤ひなた選手は「3年生の先輩と星槎国際湘南のユニフォームを着て少しでも長くプレーしたい気持ちがあったので、すごく悔しかったです」と話していました。
3点をリードしたもののPK戦の末に初戦敗退した2度目の大会
引用:jfa
2年次の第25回全日本高等学校女子サッカー選手権大会にも出場した宮澤ひなた選手。
初戦の日ノ本学園戦では、彼女自身が2得点1アシストの活躍で3点をリードしました。
しかし、その後相手に追いつかれて3-3でタイムアップ。
またもやPK戦に突入することになりました。
PK戦では相手のGKが星槎国際湘南高校の選手たちのキックを完璧に読んでおり、結局3-4で敗れてしまいました。
星槎国際湘南高校にとっては2年連続の初戦PK戦敗退となりました。
敗因について、
と語っていた宮澤ひなた選手でした。
強い思いで臨んだ3回目の大会
引用:X
初戦の相手は大商学園高校。
宮澤ひなた選手自身も「3年間、大会に出場し、試合に出させてもらっている立場として、1回でも勝ちたかった」という強い思いで臨みました。
試合は27分に先制点を許しましたが、後半立ち上がりの49分に同点に追いつくことに成功。
しかし、その後73分に勝ち越しゴールを許します。
反撃する力は残っておらず、個人としては3年連続で女子選手権に出場しながら、3年連続で初戦敗退となりました。
この結果に対しては「終わっちゃったなという思いもありましたが、相手に勝ち越されて終盤を迎えたときに、チームを勝たせられるような選手に今後なっていきたい」という意欲も湧いていたそうです。
ピッチに立てない仲間への気持ちを汲むようになった
中学、高校と同じチームでボールを蹴った江原奏音(かのん)が証言してくれていました。
中学時代は自由気ままににふるまっていたようですが、高校に進学してからは得点後にベンチに真っ先に走っていくようになったようです。
「支えてくれたひとに恩返しをしたい」
と高校時代から言うようになっていたようですよ。
兄の佳汰に細かい質問をするようになった
引用:X
高校生になる前から兄の佳汰さんに質問していた宮澤ひなた選手。
年代別の代表に選出されるようになってからは、細かい質問が多くなったようです。
ホワイトボードを使用して、試合を振り返っていたという話がありました。
兄が外から見たことを伝えてくれるのはありがたいですよね?
このやりとりが大きな成長につながったのかもしれません。
※高校生時代の宮澤ひなた選手は、「そんなこと言われても・・・」と言っていたようです。
宮澤ひなたの制服姿がかわいい!
制服姿は可愛らしいですね。
他に、宮澤ひなた選手の制服姿はないのか?と思い、調べてみるとありました。
第26回選手権出場校
チームPRコメント🎵星槎国際湘南(神奈川)
宮澤ひなた選手 pic.twitter.com/NtA2LqM7FD— TBS高校女子サッカー (@TBS_joshisoccer) December 19, 2017
堂々と話されていますね。
ユニフォーム姿とのギャップがあって良いですね!
高校での経験が彼女の力になること間違いなし
3年続けて初戦で敗退し、悔しさや悲しみが勝るはずでしたが、彼女にとっては全ての瞬間が思い出になり、多くの収穫を得られたようです。
高校時代の経験を糧に、今後もたくさん活躍してほしいですね!
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