歓喜の爆発ではなく、静寂の中に燃える闘志──。
オランダ代表史上最多得点者メンフィス・デパイがゴールを決めた後に見せる「ライオンポーズ」は、今やサッカー界屈指の象徴的パフォーマンスとして世界中のファンを魅了している。
それは単なる自己演出ではなく、彼の人生、信仰、そして“孤独を力に変える哲学”そのものだ。
父に去られた少年時代、祖父への祈り、音楽と詩で綴る魂の記録。
デパイが目を閉じ、胸を張り、静かに世界を見据えるあの瞬間に込められた意味を、
彼の言葉とエピソード、そして文化的視点から解き明かしていく。
この記事の内容
ゴール後の静寂──「ライオンポーズ」の誕生
デパイがゴール後に目を閉じ、両腕を広げるポーズを初めて見せたのは、PSV時代の2014年。
当時からこの動作は単なる自己主張ではなく、「内なる平穏」への回帰を象徴していた。
「When I close my eyes and spread my arms, I’m showing I’m a lion — calm, strong, focused. It’s about inner peace after struggle.
(目を閉じ、腕を広げるとき、私はライオンだ。静かに、強く、集中している。苦難を越えた先の心の平穏を表している)」
— メンフィス・デパイ
デパイは幼い頃、父親に捨てられ、母と二人で貧困の中を生き抜いた。
彼にとって“ライオン”とは、孤独の中でも誇りを失わず生きる存在。
胸のライオンタトゥーはその象徴であり、パフォーマンスは「俺はもう逃げない」という宣言でもある。
信仰と祖父への祈り ― 天を指す動作の原点
彼のもう一つの象徴的動作が、天を指さす仕草だ。
2014年ワールドカップ・オーストラリア戦で代表初ゴールを決めた後、デパイは涙を流しながら空を見上げた。
この動作は、亡き祖父に捧げられたものだった。
「When he scored against Australia, he kissed his tattoo and pointed to the sky, dedicating his goal to his late grandfather.」
「オーストラリア戦でゴールを決めたとき、彼はタトゥーにキスをし、天を指さした。
そのゴールを、亡き祖父に捧げたのだ。」
祖父は彼にとって「人生の導き手」であり、彼の死が少年メンフィスを“男”に変えた。
後に彼は胸に「Christ the Redeemer(コルコバードのキリスト像)」のタトゥーを刻み、日付“18.06.14”を添えた。
それは、自分を見守る存在への永遠の祈りであり、ライオンポーズに繋がる“静かな信仰”の起点となった。
怒れる少年から“静寂の戦士”へ ― メンタルの変化
PSV時代のデパイは「angry young man(怒れる若者)」と評されていた。
勝利に貪欲なあまり、仲間や監督と衝突することもしばしば。
しかし、彼はその後、ライフコーチを雇い、自身の精神と向き合うようになった。
「I use the celebration to stay calm in chaos. It’s meditation in motion.(このセレブレーションは混乱の中で冷静さを保つための瞑想だ)」
— デパイ、Tribunaインタビュー
つまり、デパイのパフォーマンスは「喜びの表現」ではなく、「心の制御」だ。
彼にとってのサッカーは闘争であり、瞑想であり、祈りでもある。
彼は“怒りを力に変える術”を学び、静かに吠えるライオンへと成長した。
音楽と祈りが交錯する「Blessing」という哲学
デパイはサッカー選手であると同時に、アーティストでもある。
2020年にリリースした楽曲「Blessing」では、祈りと成功の関係をこう歌う。
「Keep waiting for a blessing but forget to pray(祝福を待ち続けても、祈ることを忘れてはいけない)」
このリリックには、彼が実際に感じてきた「名声の空虚さ」と「心の救い」の対比が込められている。
ライオンポーズで静止する瞬間、彼の中では音楽と信仰が交差している。
その姿はまさに、“アスリートであり詩人”というデパイの真骨頂だ。
世界が惹かれる“静寂のエネルギー”
海外メディアはこのパフォーマンスを「最も魂のこもったセレブレーション」と評している。
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BBC Sport:「Memphis doesn’t celebrate — he meditates(彼は祝うのではなく、瞑想している)」
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L’Équipe:「Confidence, pain, peace — all in one moment(自信と痛みと平穏が、一瞬に凝縮されている)」
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FIFA.comでは「Dynamic Depay breaks Dutch scoring record」と題し、彼の記録更新を“内面の強さの結晶”として紹介した。
また、ブランド面でもPUMAはデパイのために特別モデル「MD51 Ultra」を発表し、そのコンセプトを「The Lion Leaves His Mark(ライオンは爪跡を残す)」と表現した。
パフォーマンスはもはや個人の儀式を超え、文化的アイコンへと昇華している。
ゴールパフォーマンスが示す“生き方”
メンフィス・デパイのゴールパフォーマンスは、単なる派手な演出ではない。
それは、彼がこれまで積み上げてきた生き方そのものの結晶である。
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父に捨てられた少年が、祖父に祈りを捧げる男へ。
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感情的な若者が、静寂の中で闘志を燃やす戦士へ。
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サッカー選手が、アーティストとして“内面を可視化する存在”へ。
この一連の変化を象徴するのが、たった数秒の「ライオンポーズ」なのだ。
静寂の中に闘志を宿し、闘志の中に平和を見出す——
彼のゴールパフォーマンスは、“生きる力の表現”そのものである。
さいごに
メンフィス・デパイのゴールパフォーマンスは、単なる“得点後の儀式”ではない。
それは、孤独・信仰・誇り・再生といった人生の断片を、一瞬の静寂に凝縮した芸術表現だ。
目を閉じるのは、己の内側を見つめるため。
腕を広げるのは、過去を受け入れ、未来を抱きしめるため。
その姿は、歓喜よりも深い「祈り」であり、サッカーという舞台で繰り返される人生の証明でもある。
だからこそ、人々はあの沈黙に心を奪われる。
メンフィス・デパイは叫ばずして吠える。
彼のゴールパフォーマンスが世界を魅了するのは、そこに“静かに闘う勇気”が宿っているからだ。

