モハメド・サラーは、その圧倒的なスピードと決定力で世界を魅了するエジプトのスーパースター。
彼がキャリアの中でどんな背番号を背負ってきたのか、気になりませんか?
プロデビュー時のエル・モカウルーンから、バーゼル、チェルシー、ローマ、そしてリバプールへ。
それぞれのクラブでつけた背番号には、チームの状況や彼自身の想いが込められています。
特にフィオレンティーナ時代に【74】を選んだ背景は必見です!
この記事では、モハメド・サラーの歴代背番号を一覧で紹介し、各番号にまつわるエピソードも深掘りします。
彼の成長とともに変化してきた背番号の意味を知れば、サラーのキャリアをより深く理解できるはず!
モハメド・サラーの歴代背番号一覧【クラブ編】
引用:mirror
サラーがキャリアを通じてつけてきた背番号には、それぞれのクラブでの状況や特別なエピソードが詰まっています。
ここでは、それぞれの背番号が持つ背景を詳しく紹介します。
シーズン | クラブ | 背番号 |
---|---|---|
2010-2012 | エル・モカウルーン | 31 |
2012-2014 | バーゼル | 22 |
2014-2015 | チェルシー | 15・17 |
2015 (ローン) | フィオレンティーナ | 74 |
2015-2017 | ASローマ | 11 |
2017-現在 | リバプール | 11 |
エル・モカウルーン(2010年~2012年)【31番】
引用:X
エジプトのクラブエル・モカウルーンでプロデビューしたサラーは、最初に31番を着用。
当時はまだ無名の若手選手でしたが、驚異的なスピードとドリブルで頭角を現し始めました。
しかし、サラーにとって転機となったのが2012年のエジプト国内リーグ停止です。
「ポート・サイド・スタジアムの暴動」により、国内リーグが中断し、多くの選手が国外へ移籍を余儀なくされました。
これがきっかけで、彼はスイスのFCバーゼルへと移籍することになります。
バーゼル(2012年~2014年)【22番】
引用:X
スイスの名門バーゼルに加入したサラーは、22番を背負いました。
ここで彼は一気に欧州の舞台で名を馳せることになります。
バーゼル時代のエピソードといえば、チェルシーとの因縁です。
2013年のUEFAヨーロッパリーグでチェルシーと対戦した際、サラーは2試合連続ゴールを決めて大活躍。
このプレーがジョゼ・モウリーニョの目に留まり、後にチェルシーへ移籍することになります。
チェルシー(2014年~2015年)【15番・17番】
引用:goal
バーゼルでの活躍が評価され、2014年にチェルシーへ移籍。
ここでは最初15番をつけ、後に17番へ変更しました。
しかし、チェルシー時代のサラーは、モウリーニョの戦術にフィットせず、ほとんど出場機会を得られませんでした。
そんな状況を打開するため、イタリアのフィオレンティーナへローン移籍を決断します。
フィオレンティーナ(2015年)【74番】
引用:X
フィオレンティーナでサラーが選んだのは、異例の74番。
これは、2012年のポート・サイド・スタジアム暴動で亡くなった74人のサポーターを追悼するためのものでした。
この背番号には、サラーの母国エジプトへの強い思いが込められています。
フィオレンティーナでは短期間ながら素晴らしいプレーを見せ、その後ローマへ移籍することになります。
ASローマ(2015年~2017年)【11番】
引用:X
ローマでは、現在のリバプールでもおなじみの11番を着用。
サラーはここで完全にイタリア・セリエAのトッププレーヤーへと成長しました。
特に2016-17シーズンは、リーグ戦15ゴールを記録し、ローマの準優勝に貢献。
この活躍が認められ、リバプールへ移籍することになります。
リバプール(2017年~現在)【11番】
引用:anfieldwatch
リバプールでは、サラーは再び11番を選択。
実はこの番号は、当時ロベルト・フィルミーノがつけていましたが、彼が9番に変更したことで空いた番号でした。
リバプール加入後のサラーは、まさに「キング・オブ・エジプト」と呼ばれる存在に。
プレミアリーグ歴代得点記録を塗り替え、リバプールをチャンピオンズリーグ優勝やプレミアリーグ制覇に導きました。
彼の11番は、すでにリバプールの伝説的な背番号のひとつとなっています。
モハメド・サラーの歴代背番号一覧【エジプト代表編】
シーズン | 代表カテゴリ | 背番号 |
---|---|---|
2010-2011 | エジプトU20 | 12 |
2011-2012 | エジプトU23 | 10 |
2012-現在 | エジプトA代表 | 10 |
エジプトU20(2010年~2011年)【12番】
若手時代のサラーは、エジプトU20代表で12番をつけていました。
当時はまだ無名の存在でしたが、そのスピードと得点力で徐々に注目を集めるようになります。
エジプトU23(2011年~2012年)【10番】
U23代表に昇格すると、すぐに10番を託されるようになります。
2012年のロンドン五輪では、グループリーグで3ゴールを決める活躍を見せ、一躍注目の存在に。
その後、エジプトA代表でも10番を受け継ぐことになります。
エジプトA代表(2012年~現在)【10番】
A代表では、長年にわたりエースナンバーの10番を背負っています。
サラーはエジプトの英雄として、代表チームを何度もワールドカップやアフリカネイションズカップに導きました。
2018年W杯予選では、サラーが決めた決勝ゴールでエジプトが28年ぶりのワールドカップ出場を決定。
この試合後、国民の熱狂ぶりはすさまじく、サラーの家に何千人ものファンが押し寄せたという逸話もあります。
彼の10番は、もはやエジプト国民にとって誇りの象徴ともいえる存在になっています。
さいごに
モハメド・サラーの背番号には、彼のキャリアの歴史とともに、それぞれ特別な意味が込められています。
エル・モカウルーン時代の【31】、バーゼルでの【22】、チェルシーでの【15】と【17】、ローマとリバプールでの【11】など、彼の成長とともに番号も変化してきました。
特に、フィオレンティーナ時代に選んだ【74】は、エジプトで起こったポート・サイド・スタジアム暴動で亡くなった74人のサポーターへの追悼の意味を持ち、彼の母国への強い思いを象徴しています。
現在、リバプールの【11】番としてクラブの象徴的存在となったサラー。
エジプト代表では【10】番を背負い、国の英雄として活躍を続けています。
今後、彼の背番号が変わることはあるのか?
これからのキャリアとともに、その選択にも注目していきたいですね!
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