今や日本サッカー期待の選手として注目されている久保建英選手。
幼少期時代から注目を集め、多くのメディアに取り上げられていましたね。
そんな久保建英選手の幼少期にはどんなエピソードがあったのでしょうか?
また、日本での所属クラブや練習方法はどんなものだったのでしょうか?
そこで今回は、久保建英選手の幼少期のエピソードや所属クラブ、練習方法について調査してみました。
この記事の内容
久保建英の幼少期のエピソードや所属クラブをまとめてみた
日本だけでなく、世界からも注目される久保建英選手。
久保建英選手曰く、幼少期は、
「子供の頃、朝8時から日没まで、よくサッカーをしていました。飽きることはありませんでした。それは私の情熱であり、子供の頃からサッカーは私の人生の大部分を占めてきました。」
引用:sportmob
と語っていました。
そんな久保建英選手の幼少期はどんな感じだったのでしょうか?
幼少期のエピソードや日本での所属クラブを紹介していきたいと思います。
時系列でみていきましょう↓
3歳でサッカーを始める!
引用:sakaiku
久保建英選手が本格的にサッカーを始めたのは3歳のころ。
2歳の時に、父親と公園でボールを蹴っていたようです。
そのころに基本的なことを教わっていたのではないでしょうか?
風の谷幼稚園時代
引用:全国保育情報センター for 学生 (zenkokuhoiku.com)
父親の建史さんとサッカーの朝練をしてから登園していたようですね。
その時の様子を見ていた風の谷幼稚園の天野優子園長は、
父に肩車されて通学する光景は「ほほえましかった」と目を細めた。
と語っていました。
毎朝のサッカーの練習では、日常の出来事を聞きながらコミュニケーションをとっていたようです。
忙しい中、久保建英選手との時間を大切にされていたのですね。
坂浜サッカークラブ時代
引用:YouTube
父親がコーチをしていた坂浜サッカークラブに入団した久保建英選手。
幼稚園時代にお世話になっていたようですね。
その後、百合丘子どもサッカークラブに移ることとなりました。
坂浜サッカークラブのHP→http://sakahamasc.com/
百合丘子どもサッカークラブ時代
引用:https://locotch.jp/sygk/learning/268/
小学校入学前に、百合丘子どもサッカークラブに所属していました。
子のクラブですが、川崎フロンターレの練習拠点に近いところで活動するクラブだったようです。
この頃の久保建英選手ですが、こんな感じだったようです↓
久保建の成長を見守ってきた現代表の善本康二さん(55)は「(年上の)小学1、2年生と交ざってもへっちゃらでやっていた」と振り返る。
「執念があった。(シュートが)入るならいくらでも行ってやるという気持ちは、当時から持っていたんだと思う」
引用:mainichi
このころから飛びぬけていたことがわかると思われます。
さらに、幼稚園児でありながら小学生低学年の5人制の大会で相手全員抜いてゴールを決めていたそうです。
百合丘子どもサッカークラブのHP→https://yoshimoto52.wixsite.com/online-fundraising
FCパーシモン時代
坂浜サッカークラブ、百合丘子どもサッカークラブを経て、FCパーシモンに入団。
小学1~2年生の間に所属しており、このころから周囲を驚かせていたようです。
三浦大輔監督は、当時のことをこのように振り返っていました↓
「恐ろしいほどのサッカー脳を持っていた」
「相手の背後をいつ取ればいいのか」「どんなときに前線でくさびになり、味方をサポートしたらいいのか。ポストプレーをしたいけど、どう動いたらいいか」
「どうしてそんなにドリブルがうまいの」と三浦氏が聞くと、「独りよがりではなく、相手を見て重心がどっちにかかっているかを確認し、逆の方向に動くんです」
このころから、こんなことを聞いてくるとは・・・。
監督も大変だったことでしょう。
FCパーシモンのHP→https://sgrum.com/web/persimmon/
東京ヴェルディサッカースクール時代
2008年から東京ヴェルディのサッカースクールでプレーしていました。
レベルの高い環境で、さらに腕を磨いたのでしょう。
その結果?2009年に開かれたFCバルセロナキャンプに参加し、見事MVPを獲得!
東京ヴェルディサッカースクール→https://www.verdy.co.jp/content/school/school/
川崎フロンターレU-10時代
川崎フロンターレU-10時代の久保建英選手はかわいいですね!
入団前に、FCバルセロナスクール選抜としてベルギーで開催されたソデクソ・ヨーロピアン・ルーサスカップに参加!
大会3位にもかかわらず、久保建英選手は大会MVPに選出されました。
帰国後、2010年に、川崎フロンターレU-10に入団。
川崎フロンターレの下部組織のHP→https://www.frontale.co.jp/academy/
この後、2011年8月にバルセロナの下部組織の入団テストに合格し、バルセロナに入団することになりました。
バルセロナに入団後も素晴らしい活躍し続けた久保建英選手は、世界でも注目される選手へと成長しました。
今後は、メガクラブで活躍できる選手になれるのか?
久保建英選手の活躍に注目していきましょう!
最後に、久保建英選手の幼少期がわかる画像と動画が出ていてので紹介したいと思います↓
幼少期時代の久保建英選手は、かわいいですね!
引用:YouTube
この動画を見ると、バルセロナでプレーし続けられていたらなと思ってしまいます。
今は、強豪レアル・ソシエダでプレーし、まずまずの結果を残せていると思われます。
まずは、継続的に試合に出場し、成績を残していってもらいたいですね。
久保建英の幼少期の練習方法は?
華麗な足技で相手を翻弄する久保建英選手。
久保建英選手は幼少期時代にどんな練習をしていたのでしょうか?
調べてみると、こんな練習をしていたようです↓
- 利き足で真っすぐにボールを運ぶ
- ドリブルをしながら鬼ごっこ
では、どんな感じの練習なのか?
詳細を見てみましょう↓
利き足で真っすぐにボールを運ぶ
数メートル先に父親が待っていて、そこまで聞き足でボールを運ぶことから始めたようです。
はじめは、ボールのタッチ数は気にしないでやっていき、慣れてきたら、タッチ数も気にしてやっていました。
久保建英選手のドリブル練習を再現した動画を見ると、ドリブルしながら、パートナー(父親)が出した指の本数を答えるということもやっていたようですね↓
引用:YouTube
動画で解説されていましたが、視野の確保ができるようになりますので効果的と言えるでしょう。
ただ、慣れるまで難しいでしょうね・・・。
ボールとパートーナーの確認をしながらドリブルするので。
ドリブルをしながら鬼ごっこ
相手を見ながら、ドリブルで仕掛けたり、ボールキープをする練習。
最初のうちは、逃げられるエリアを決めずに行っていたようです。
エリアを決めずにやると、体力も必要になるので厳しい練習かなとは思います。
ただ、楽しんでできると思うので子供は喜んでやるのではないでしょうか?
慣れてきたら、逃げられるエリアを決めて行います。
円形など様々な形のエリアの中で行うので、より相手との駆け引きが難しくなっていきます。
どんな感じでやるのか?
実際にやっている動画を見てみましょう!
※上の動画と同じですが、ドリブルをしながら鬼ごっこがわかるところから再生できるように設定しました↓
引用:YouTube
狭いエリアなので体の入れ方の練習にもなりますね。
実践的な練習で効果は凄くあります。
動画の続きでは、相手を見たドリブル練習が紹介されていました。
相手の逆を突くドリブル練習を行っていたようです。
良く試合で見られる逆を突くドリブルは、こうやって鍛えられたのでしょう。
ドリブル、ボールコントロールはこのような練習を行っていました。
トラップ、パスの練習については、言葉で説明するよりも動画を見てもらった方がわかりやすいと思います。
このような感じの練習を行っていたようです↓
引用:YouTube
凄く基本的な練習ですが、これを繰り返し行い、世界で通用する選手に成長できたのでしょう。
幼少期時代に、これをやっていれば、久保建英選手のようになれるかもしれませんね。
さいごに
今回は、久保建英選手の幼少期伝説的エピソードまとめ!日本での所属クラブや練習方法を調査してみました。
幼少期時代から他を圧倒していた久保建英選手。
これぐらいでないと若くして世界で注目される選手にはなれないのかもしれませんね。
練習方法を見てみると、基本的なことばかりで、いかに基本が大切なのかをわからせてくれます。
幼少期に、こういった練習を繰り返し行うことで世界に通用する選手に成長できたのでしょう。
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