前田大然の歴代背番号まとめ!38番の理由は?クラブ・日本代表での活躍や国内外の評価も紹介

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圧倒的なスピードと運動量、前線からの猛烈なプレッシングを武器に、国内外で活躍してきた前田大然選手。

松本山雅FCでプロキャリアをスタートすると、水戸ホーリーホック、ポルトガルのCSマリティモ、横浜F・マリノス、セルティックを経て、2026年夏にはイングランドのイプスウィッチ・タウンへ移籍しました。

現在の所属先がイプスウィッチであることは所属事務所のプロフィールでも確認できます。

そんな前田大然選手といえば、クラブでは「38番」のイメージが強い選手です。

しかし、これまでずっと38番だったわけではありません。

松本山雅FCでは「7」、ポルトガルでは「13」、日本代表では「9」「11」「24」「25」など、さまざまな番号を背負ってきました。

Transfermarktの背番号履歴でも、その変遷を確認できます。

今回は、前田大然選手の歴代背番号をクラブ・日本代表別に紹介するとともに、それぞれの時代の活躍や国内外からの評価・反応について詳しく見ていきます。




前田大然の歴代背番号一覧

まずはクラブでの主な背番号をまとめます。

シーズン 所属クラブ 背番号
2016 松本山雅FC 38
2017 水戸ホーリーホック 38
2018 松本山雅FC 7
2019 松本山雅FC 7
2019-20 CSマリティモ 13
2020 横浜F・マリノス 38
2021 横浜F・マリノス 38
2021-22~2025-26 セルティック 38
2026-27~ イプスウィッチ・タウン 38

Transfermarktの記録では、松本山雅でプロデビューした2016年に38番を着用。

その後、水戸でも38番を背負い、松本復帰後に7番、マリティモでは13番、横浜F・マリノスから再び38番となっています。

そして横浜F・マリノスからセルティック、さらにイプスウィッチへ。

現在では「38=前田大然」と言ってもいいほど、本人を象徴する番号になっています。




松本山雅FC|38番でプロキャリアをスタート

前田大然選手は山梨学院大学附属高校から2016年に松本山雅FCへ加入。

プロキャリア最初の背番号が、

38番

でした。

2016年のJ2開幕戦・ロアッソ熊本戦でJリーグデビュー。

当時はまだ高校を卒業したばかりの若手でした。

Jリーグ公式の特集でも、この試合でJリーグデビューしたことが紹介されています。

リーグ戦では9試合に出場。まだレギュラーとして定着する段階ではありませんでしたが、ここから「前田大然=38番」の歴史が始まります。




水戸ホーリーホック|38番で才能が一気に開花

2017年には水戸ホーリーホックへ期限付き移籍。

ここでも背番号は、

38番

でした。

この移籍が前田選手にとって大きな転機となります。

リーグ戦36試合に出場し、13ゴール

前年の松本では9試合0ゴールだった選手が、一気にJ2で二桁得点を記録しました。

横浜F・マリノス公式の経歴にも2017年の36試合13得点が記録されています。

当時から特に注目されたのが、その圧倒的なスピード。

Qolyも2017年に前田のスピードを「反則級」と取り上げており、現在まで続く最大の武器はこの頃から強烈なインパクトを残していました。

38番を背負って結果を残した水戸時代は、前田大然という選手が全国的に知られていく重要なシーズンだったといえるでしょう。




松本山雅FC復帰|背番号7へ変更

2018年に松本山雅FCへ復帰すると、背番号は38番から、

7番

へ変更されました。

2018年、2019年と2シーズンにわたって7番を背負っています。

2018年はJ2で29試合7ゴール。

チームはJ2優勝を果たし、J1昇格を達成しました。

翌2019年には自身初となる本格的なJ1挑戦。18試合2ゴールを記録しています。

一般的に7番は攻撃的な選手が背負うことの多い番号ですが、前田選手にとっても若手から主力へステップアップしていく時期の番号となりました。




CSマリティモ|海外初挑戦では13番

2019年夏、前田大然選手はポルトガル1部CSマリティモへ期限付き移籍。

自身初となる海外挑戦で選んだ背番号は、

13番

でした。

8月にスポルティングCP戦でリーグデビューし、その後CDトンデラ戦で海外初ゴール。

最終的にポルトガル1部で23試合3ゴールを記録しました。所属事務所の公式プロフィールでも、このシーズンの23試合3得点が確認できます。

数字だけを見れば大爆発とはいきませんでしたが、海外サッカーを経験したことは、その後のキャリアにつながる重要なステップとなりました。

そして日本へ戻った前田選手は、再びあの番号を背負います。




横浜F・マリノス|再び38番!J1得点王へ

2020年、横浜F・マリノスへ加入。

背番号は、

38番

でした。

ここから38番が前田大然選手の代名詞になっていきます。

2020年はJ1で23試合3ゴール。そして完全移籍した2021年に大ブレイクします。

横浜F・マリノス公式でも、2020年の23試合3得点という記録が確認できます。

2021年はリーグ戦36試合で、

23ゴール。

レアンドロ・ダミアンと並んでJ1得点王に輝きました。

所属事務所のプロフィールにも36試合23得点と記録されています。

もともと評価されていたスピードと運動量に加えて、フィニッシャーとしての能力も証明。

「38番を背負った前田大然がJリーグ得点王になる」

という活躍によって、38番は本人にとって特別な印象を持つ番号になっていったと考えられます。




セルティック|海外でも38番を継続

2022年1月、前田大然選手はセルティックへ移籍。

海外再挑戦となりましたが、背番号は横浜F・マリノス時代と同じ、

38番

を選びました。

そしてセルティックでは、38番を世界のサッカーファンに知らしめることになります。

加入初年度からリーグ戦16試合6ゴール。

その後も主力としてプレーし、2022-23シーズン35試合8ゴール、2023-24シーズン28試合6ゴール、2024-25シーズン34試合16ゴール、2025-26シーズン36試合14ゴールを記録しています。

特に圧巻だったのが2024-25シーズン。

得点力が一気に開花し、クラブ年間MVPだけでなく、リーグやPFAスコットランドの年間最優秀選手にも選ばれました。

2026年9月現在でも、セルティック時代の功績として複数の年間最優秀選手賞獲得が現地で振り返られています。

この頃には「38番」は完全に前田大然を象徴する番号となりました。




海外での評価・反応|「走る選手」から「得点できるエース」へ

セルティック加入当初から、海外で特に驚かれていたのが前田大然選手の運動量とプレッシングです。

相手DFやGKに対して猛スピードで距離を詰め、90分間にわたって相手のビルドアップを追い続ける。

そのスタイルはセルティックのハイプレスとの相性が良く、得点していない試合でもチームへの貢献が評価されるケースがありました。

そして2024-25シーズンになると、その評価が変化します。

単なる「プレスのスペシャリスト」ではなく、ゴールとアシストでも試合を決める存在になったからです。

2025年1月のダンディー・ユナイテッド戦では1ゴール1アシストを記録し、現地メディアから存在感を高く評価されました。

2026年4月のスコティッシュカップでも、相手GKへの猛烈なプレスから開始早々にゴール。現地サポーターからはそのスピードやボール奪取を称賛する反応が相次ぎました。

もちろん、常に絶賛されていたわけではありません。

2025-26シーズンにはパフォーマンスが低調だった時期もあり、2026年2月のシュツットガルト戦後には現地メディアから厳しい評価を受けています。

こうした厳しい評価も含め、セルティックでは「結果を求められる主力選手」として見られるまでに立場を高めたといえるでしょう。




イプスウィッチでも背番号38を継続

2026年夏、前田大然選手はセルティックを離れ、イプスウィッチ・タウンへ移籍しました。

そして新天地でも背負う番号は、

38番。

つまり、

横浜F・マリノス → セルティック → イプスウィッチ

と、3クラブ連続で38番を背負うことになります。

これは興味深いポイントです。

キャリア初期の松本山雅、水戸でも使用していた38番を、Jリーグ得点王となった横浜F・マリノスで再び着用。

その後セルティックでも38番を背負って年間MVP級の選手へ成長し、プレミアリーグでも同じ番号を継続しました。

もはや38番は単なる背番号ではなく、前田大然のキャリアそのものを象徴する番号になっています。




日本代表での歴代背番号は?

前田大然選手は、日本代表ではクラブとは異なる番号を背負ってきました。

Transfermarktに記録されている主な番号は次の通りです。

年代 カテゴリー 背番号
2018年前後 U-23日本代表 18
2019年前後 日本代表 9
東京五輪世代 日本五輪代表 9
2021-22 日本代表 24・25
2022-23 日本代表 25
2023-24~ 日本代表 11

クラブで38番のイメージが定着している一方、日本代表では9番や11番といった、FWらしい番号も着用しています。

現在は11番が代表での代表的な番号となっています。

Jリーグ公式の2026年日本代表特集でも「MF/FW 11 前田大然」と掲載されています。




日本代表での評価|前線からの守備も大きな武器

日本代表で前田大然選手が高く評価される理由の一つが、得点だけではありません。

最大の特徴は、相手DFに時間を与えない猛烈なプレスです。

2022年カタールワールドカップでは、この特徴が世界の強豪相手にも発揮されました。

特にスペイン戦では前線から相手にプレッシャーをかけ続け、日本の守備戦術を支える重要な役割を担いました。

そしてクロアチア戦ではゴールも記録。

「守備をするFW」という独特な役割だけでなく、重要な場面で得点できることも証明しました。

クラブでの38番とは異なり、日本代表では9番や11番を背負っていますが、どの番号でも前田らしい「走る・追う・奪う」というスタイルは変わっていません。




前田大然にとって38番は特別な背番号?

前田大然選手本人が「38番にはこういう意味がある」と明確に説明した一次資料は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。

そのため、「38番を選んだ理由は○○」と断定するのは避けたほうがよいでしょう。

ただし、キャリアを見ると38番との縁は非常に深いものがあります。

プロ1年目の松本山雅FCで38番。

水戸ホーリーホックで13ゴールを挙げたときも38番。

横浜F・マリノスでJ1得点王になったときも38番。

セルティックで年間MVP級の活躍を見せたときも38番。

そしてプレミアリーグ挑戦でも38番です。

偶然から始まった番号だったとしても、これだけ長期間にわたって使用すれば、現在では前田大然を象徴する番号になったと見ることはできそうです。




前田大然の歴代背番号で最も印象的なのは「38」

前田大然選手はこれまで、

7番、9番、11番、13番、18番、24番、25番、38番

など、さまざまな番号を背負ってきました。

その中でも圧倒的に印象深いのが38番です。

プロキャリアを始めた松本山雅FC。

才能を開花させた水戸ホーリーホック。

J1得点王となった横浜F・マリノス。

世界的な評価を高めたセルティック。

そしてプレミアリーグのイプスウィッチ。

キャリアの重要な場面で、前田大然選手の背中には何度も「38」がありました。




まとめ|38番は前田大然を象徴する背番号に

前田大然選手の歴代背番号を振り返ると、キャリアの歩みそのものが見えてきます。

松本山雅FCで38番を背負ってプロデビューし、水戸でも38番。その後、松本では7番、ポルトガルのマリティモでは13番を経験しました。

そして横浜F・マリノスで再び38番を選ぶと、2021年に23ゴールを挙げてJ1得点王へ。

セルティックでも38番を継続し、やがてクラブやリーグを代表する選手へ成長。そして2026年夏に加入したイプスウィッチでも38番を背負っています。

一方、日本代表では9番、24番、25番などを経て、現在は11番が定着しています。

クラブでは「38」、日本代表では「11」。

現在の前田大然選手を象徴する2つの番号といえるでしょう。

Jリーグ時代には「爆速」が注目された若手だった前田選手が、セルティックでは年間MVPを獲得するまでに成長しました。

次はイングランドの舞台で、背番号38がどのような歴史を刻んでいくのか。

前田大然選手のプレーだけでなく、これからもその背中の「38」に注目です。