日本代表の中盤を支えてきたMF・守田英正。
川崎フロンターレでプロキャリアをスタートさせると、ポルトガルのサンタ・クララ、名門スポルティングCPを経て、2026年夏にはイングランドのハル・シティAFCへ移籍しました。
そんな守田英正は、これまでどのような背番号を背負ってきたのでしょうか?
調べてみると、「34」「25」「6」「5」など複数の番号を経験していますが、欧州でキャリアを重ねるにつれて**「5番」が守田英正を象徴する番号**になってきたことが分かります。
この記事では、
- 守田英正の歴代背番号
- 川崎フロンターレ時代
- サンタ・クララ時代
- スポルティングCP時代
- ハル・シティ時代
- 日本代表での背番号
- 各クラブ・代表でのエピソード
- 海外メディアからの評価・反応
について詳しく紹介します。
この記事の内容
守田英正の歴代背番号一覧
まずは、守田英正がクラブで背負ってきた主な背番号を見てみましょう。
| シーズン | 所属クラブ | 背番号 |
|---|---|---|
| 2014-15 | 流通経済大学 | 20 |
| 2016-17 | 川崎フロンターレ | 34 |
| 2017-18 | 川崎フロンターレ | 25 |
| 2018-19 | 川崎フロンターレ | 6 |
| 2019-20 | 川崎フロンターレ | 6 |
| 2020-21 | サンタ・クララ | 25 |
| 2021-22 | サンタ・クララ | 25 |
| 2022-23 | スポルティングCP | 5 |
| 2023-24 | スポルティングCP | 5 |
| 2024-25 | スポルティングCP | 5 |
| 2025-26 | スポルティングCP | 5 |
| 2026-27 | ハル・シティ | 5 |
プロ入り後だけを見ると、
34番→25番→6番→25番→5番
という変遷です。
特にスポルティングCP加入後は「5」を継続して着用。
2026年夏にハル・シティへ移籍した後も5番を選んでおり、現在では守田英正を象徴する背番号と言ってもよさそうです。
川崎フロンターレ|34番から始まったプロキャリア
背番号34
守田英正は金光大阪高校から流通経済大学へ進学。
大学3年頃から頭角を現し、4年時には関東大学選抜やユニバーシアード日本代表にも選出されました。
複数のJクラブからオファーを受ける中、川崎フロンターレ入りが内定。特別指定選手となった時期に背負った番号が「34」でした。
後に日本代表の中盤を任され、欧州の名門クラブでプレーする選手が、ここからキャリアをスタートさせています。
背番号25
2018年、川崎フロンターレへ正式加入すると背番号は「25」。
2月のFUJI XEROX SUPER CUP・セレッソ大阪戦でプロデビューを果たし、4月にはベガルタ仙台戦でJ1初先発。
するとルーキーながらボランチのポジションを確保し、リーグ戦26試合に出場しました。
川崎には大島僚太をはじめ技術力の高い選手が揃っていましたが、その中でも守田はボール奪取、パス、ポジショニングを武器に存在感を高めていきます。
そして川崎は2018年のJ1リーグを制覇。
守田にとって「25番」は、プロ選手として一気に評価を高めた番号になりました。
川崎フロンターレ|6番を背負って主力へ
背番号6
翌2019年から守田英正は「6番」に変更します。
25番から一桁番号への変更は、チーム内での立場が大きくなったことを感じさせるものでした。
2019年にはルヴァンカップ制覇を経験。
2020年にはJ1リーグ32試合に出場し、川崎の圧倒的なリーグ優勝に貢献しました。
さらに、このシーズンには自身初となるJリーグベストイレブンにも選出。
川崎時代の守田はリーグ戦通算81試合に出場しており、日本を代表するボランチへと成長していきました。
「川崎フロンターレの6番」は、守田英正が国内トップクラスのMFへと駆け上がった番号だったと言えるでしょう。
サンタ・クララ|欧州挑戦で再び25番
背番号25
2021年1月、守田英正はポルトガル1部のCDサンタ・クララへ完全移籍。
欧州挑戦で選んだ背番号は、川崎加入当初にも着用していた「25番」でした。
そして守田は、海外初挑戦とは思えないほど早く適応します。
2021年1月25日のリオ・アヴェ戦で移籍後初出場を果たすと、いきなり初ゴール。
デビュー戦で結果を残すという印象的なスタートになりました。
その後も中盤の主力としてプレーし、Transfermarktの集計ではサンタ・クララで公式戦59試合4得点3アシストを記録しています。
シーズン終了後にはトルコの名門フェネルバフチェから獲得オファーが届いたとされていますが、サンタ・クララ側が拒否。
つまり欧州移籍から短期間で、他国の有力クラブからも注目される存在になっていたのです。
そして最終的に守田を獲得したのが、ポルトガル屈指の名門スポルティングCPでした。
スポルティングCP|5番が守田英正の象徴に
背番号5
2022年夏、守田英正はスポルティングCPへ完全移籍。
ここで背負ったのが「5番」です。
守田本人は加入時、ポルトガルへ来た頃からスポルティングでプレーしたかったことを明かし、この移籍を自身のキャリアで最大の挑戦と表現しています。
また、6番と8番のどちらのポジションでもプレーできるという自信も語っていました。
そしてスポルティング加入後、守田はさらに評価を高めていきます。
2022年9月にはアイントラハト・フランクフルト戦でUEFAチャンピオンズリーグデビュー。
同月のジル・ヴィセンテ戦ではスポルティング加入後初ゴールを記録しました。
初年度の2022-23シーズンはリーグ戦29試合で6得点。
守備的MFというイメージの強かった守田が得点力まで発揮したことで、攻守両面で計算できるMFとして存在感を高めました。
スポルティングでリーグ連覇を経験
2023-24シーズンにはリーグ戦29試合に出場し、スポルティングの3シーズンぶりとなるプリメイラ・リーガ優勝に貢献。
さらに2024-25シーズンにもリーグ優勝を果たし、リーグ2連覇を経験しました。
2024-25シーズンにはタッサ・デ・ポルトガルも制し、国内2冠を達成。
スポルティングでの公式戦出場数は最終的に150試合を突破しました。
2026年3月、150試合出場を達成した守田はクラブ公式サイトでスポルティングについて、
「家族のような存在」
という趣旨のコメントを残しています。
サンタ・クララからステップアップして加入した日本人MFが、欧州の名門で150試合以上に出場したことは、守田の安定した評価を物語っています。
海外での守田英正の評価は?
守田英正の海外での評価で特徴的なのは、派手なドリブルや得点だけではなく、試合をコントロールする能力が高く評価されていることです。
ポルトガル紙『A BOLA』は2024年9月のAVS戦で途中出場した守田について、ボールを失わずにゲームをコントロールし、パスから攻撃の起点を作った点などを高く評価しました。
これはまさに守田の特徴でしょう。
ボールを奪う。
味方からパスを受ける。
危険な場所を察知する。
そしてシンプルにボールを動かしてチームを落ち着かせる。
数字だけでは分かりにくい部分でチームに影響を与えられるMFです。
一方で、常に高評価だったわけではありません。
2025年10月のブラガ戦では、先制点の起点となるパスを出した一方、簡単なパスミスなどもあり、『A BOLA』からパフォーマンスの波を指摘されています。
それでも「普段の守田を知る者には違和感を覚える」という趣旨の評価だったことを考えると、逆に言えば普段の安定感が現地で認められていたとも受け取れます。
さらに2025年12月のヴィトーリア・ギマランイス戦では途中出場ながら4点目につながる攻撃の起点となり、「チームを落ち着かせるための投入以上の働きだった」と評価されました。
守田の価値は、試合の流れを読み、中盤を安定させる能力にあると言えそうです。
スポルティングで150試合出場!現地で確立した評価
守田英正のスポルティングでの成功を象徴する数字が「150試合」です。
ポルトガル『A BOLA』は、守田について加入当初に想定されていた「優秀な控え」というレベルを上回り、早い段階からチーム内でポジションを確保したと評価しています。
ルベン・アモリム監督時代だけでなく、その後も継続して起用されたことからも評価の高さが分かります。
守田自身もスポルティング加入後、より前方でプレーする機会を得たことで成長できたと語っています。
守備だけを担当するボランチではなく、
「守備+組み立て+前線への飛び出し」
まで担えるMFへ進化したことが、スポルティング時代の大きなポイントでしょう。
ハル・シティ|プレミアリーグでも背番号5
背番号5
2026年7月24日、守田英正はスポルティングCPを離れ、ハル・シティAFCへ完全移籍しました。
契約期間は2028年までの2年間。
そして新天地でも背番号は、
「5番」
となりました。
スポルティングで4シーズンにわたって背負った番号を、イングランドでも継続することになります。
31歳でのイングランド挑戦となりますが、ハル・シティにとって守田は豊富な経験を持つ補強です。
Jリーグ、ポルトガルリーグ、日本代表、チャンピオンズリーグなど数多くの舞台を経験。
特に中盤で試合を落ち着かせる能力は、厳しい戦いが予想されるハル・シティにとって重要になるでしょう。
守田にとって「5番」はスポルティングで名門クラブの主力となった番号。
その5番を背負ってプレミアリーグに挑戦するというのも興味深いところです。
日本代表での歴代背番号は?
守田英正は日本代表では複数の番号を経験しています。
確認できる主な番号は、
| シーズン | 背番号 |
| 2019-20 | 19 |
| 2019-20 | 13 |
| 2019-20 | 7 |
| 2019-20 | 5 |
| 2020-21 | 7 |
| 2021-22 | 13 |
| 2022-23 | 5 |
| 2023-24 | 5 |
となっています。
クラブと同様、日本代表でも最終的には「5番」が定着しました。
日本代表デビューは右サイドバックだった
守田英正の代表キャリアには面白いエピソードがあります。
2018年9月、大島僚太と山口蛍が負傷によって代表を辞退したことで、プロ1年目ながら追加招集。
9月11日のコスタリカ戦で日本代表デビューを果たしました。
しかも、この試合で記録されているポジションは右サイドバック。
現在ではボランチのイメージが非常に強い守田ですが、川崎時代から複数ポジションに対応できる能力を持っていました。
その後は日本代表でもボランチとして地位を確立していきます。
日本代表初ゴール、そしてワールドカップへ
2021年3月30日のモンゴル戦では日本代表初ゴールを記録。
2022年にはカタールワールドカップの日本代表メンバーに選出されました。
負傷の影響で初戦は欠場しましたが、その後は先発に復帰。
日本がドイツ、スペインという世界的強豪を破り、グループ首位で決勝トーナメントへ進出した大会で中盤を支えました。
2023年6月のエルサルバドル戦ではゲームキャプテンも経験しています。
単なる中盤の一選手ではなく、日本代表を引っ張る立場まで成長したことを示す出来事でした。
Transfermarktの記録では、日本代表通算40試合6得点となっています。
守田英正にとって「5番」は特別な番号に
守田英正の背番号を振り返ると、
34番→25番→6番→25番→5番
と変化してきました。
若手時代の34番。
プロとして飛躍した25番。
川崎の主力となった6番。
海外挑戦で再び背負った25番。
そしてスポルティング、日本代表、ハル・シティで定着した5番。
キャリアを重ねるにつれて「5」が守田を象徴する番号になっていったことが分かります。
特にスポルティングでは、背番号5で150試合以上に出場。
リーグ優勝や国内2冠を経験し、チャンピオンズリーグでもプレーしました。
まとめ
今回は、守田英正の歴代背番号について紹介しました。
守田は川崎フロンターレで34番、25番、6番を背負い、サンタ・クララでは25番、スポルティングCPでは5番を着用。
そして2026年夏に加入したハル・シティでも「5番」を選びました。
日本代表でも19番、13番、7番などを経験した後、5番が定着しています。
決して派手さだけで勝負する選手ではありません。
しかし、ボール奪取、ポジショニング、パス、ゲームコントロールなど、中盤でチームを機能させる能力はポルトガルでも高く評価されました。
川崎フロンターレの25番・6番から始まり、サンタ・クララを経てスポルティングの5番へ。
そして、その5番を背負ったままイングランドへ――。
守田英正の歴代背番号を追っていくと、日本屈指のボランチが一歩ずつ評価を高め、欧州でキャリアを築いてきた過程そのものが見えてきます。




