日本代表ストライカーとして活躍し、オランダ1部リーグ・NECナイメヘンでも結果を残している小川航基。
ワールドカップでも主力候補として期待される存在ですが、その原点は神奈川県の名門・桐光学園高校にあります。
高校1年生からレギュラーとして活躍し、3年生ではキャプテン兼エースとしてチームを牽引。
全国高校サッカー選手権やインターハイでは優秀選手に選出され、「高校ナンバーワンストライカー」と評されるほど高い評価を受けていました。
また、高校時代には全国大会での劇的な決勝ゴールや監督との衝突など、現在の小川航基につながる数々のエピソードがあります。
この記事では、小川航基の高校時代の成績や実績、監督との関係、周囲からの評価などを詳しく紹介していきます。
この記事の内容
出身高校の桐光学園高等学校とは
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小川航基の出身高校は、神奈川県川崎市麻生区にある私立・桐光学園高等学校です。
桐光学園は中高一貫教育を行う進学校として知られており、「文武両道」を教育方針に掲げています。
難関大学への進学実績を持つ一方で、スポーツ活動も盛んで、特にサッカー部は全国屈指の強豪校として有名です。
全国高校サッカー選手権やインターハイの常連校であり、これまでに数多くのJリーガーを輩出してきました。
代表的なOBには元日本代表の中村俊輔氏がおり、近年では小川航基や西澤健太なども桐光学園からプロ入りしています。
引用:sports.yahoo
桐光学園サッカー部の特徴は、単に勝利だけを追い求めるのではなく、「考えるサッカー」を重視していることです。
戦術理解や判断力、自主性を大切にする指導方針のもとで選手を育成しており、小川航基もこの環境でストライカーとして大きく成長しました。
高校時代の主な実績・表彰歴
引用:asahi
小川航基は高校時代から全国トップクラスのストライカーとして注目されていました。
高校入学後すぐにレギュラーの座をつかみ、3年生ではキャプテンとしてチームをまとめています。
主な実績は以下の通りです。
| 内容 | 実績 |
|---|---|
| 全国高校サッカー選手権 | 高校1年・3年時に出場 |
| 全国高校サッカー選手権 | 2015年度優秀選手選出 |
| 全国高校総体(インターハイ) | 2015年度優秀選手選出 |
| 桐光学園サッカー部 | 3年時にキャプテン就任 |
| プロ入り | ジュビロ磐田加入内定 |
特に全国高校サッカー選手権とインターハイの両方で優秀選手に選出されている点は大きな実績です。
引用:YouTube
全国レベルの大会で活躍したことが評価され、当時から世代を代表するストライカーとして注目されていました。
また、高校卒業前にはジュビロ磐田への加入が内定。
高校年代を代表するストライカーとしてプロの世界へ進むことになります。
小川航基はなぜ高校ナンバーワンストライカーと呼ばれたのか
引用:X
小川航基が高く評価された理由は、単純な得点力だけではありません。
ジュビロ磐田が加入内定時に評価していたのは、
- ポストプレーができる
- 背後への飛び出しが得意
- 左右両足で得点できる
- ヘディングが強い
という総合力でした。
高校年代では一つの武器に特化したFWも多いですが、小川選手は複数の得点パターンを持つ万能型ストライカーでした。
さらに、重要な試合で結果を残す勝負強さも兼ね備えていました。
現在の日本代表やNECナイメヘンでも見られる空中戦の強さやゴール前での駆け引きは、高校時代からすでに高く評価されていたポイントです。
そのため、小川選手は「高校ナンバーワンストライカー」と呼ばれる存在になりました。
高校時代のエピソード① 延長戦で決めた劇的ゴール
引用:u-18soccer
高校時代を代表するエピソードの一つが、神奈川県予選準々決勝での決勝ゴールです。
対戦相手は強豪・桐蔭学園高校。
試合は延長戦までもつれる大接戦となりました。
延長後半、小川選手は浮き球のパスに反応すると、ヘディングシュートを決めて勝負を決定づけます。
この一撃によって桐光学園は勝利。
全国大会出場へ向けて大きく前進しました。
大舞台で結果を残す勝負強さは、この頃からすでに持っていた武器だったのです。
高校時代のエピソード② 神奈川県予選決勝で2ゴール
高校3年生のときには、神奈川県予選決勝でも大活躍を見せました。
小川選手はこの試合で2ゴールを記録。
チームを全国高校サッカー選手権本大会へ導いています。
神奈川県は全国でも有数の激戦区として知られており、その決勝戦で2得点を挙げることは簡単ではありません。
この活躍によって小川選手への注目度はさらに高まり、プロ入りへの期待も一気に高まることになりました。
高校時代のエピソード③ 鈴木勝大監督との衝突
引用:X
小川航基の高校時代を語るうえで欠かせないのが、桐光学園の鈴木勝大監督との関係です。
小川選手は後年のインタビューで、
「高校時代は監督とよくケンカした」
と振り返っています。
また、御殿場での試合後にはチームとは別行動で帰されたこともあったそうです。
しかし、この関係は単なる対立ではありませんでした。
鈴木監督は小川選手に対して、
「お前はストライカーとしての素質がある」
という言葉を掛けています。
小川選手自身も、この言葉によってストライカーとして生きていく覚悟が生まれたと語っています。
厳しく叱られることもあれば、大きな期待をかけられることもあった。
その経験が現在の小川航基の精神的な強さにつながっているのでしょう。
ジュビロ磐田加入内定とプロへの第一歩
引用:jubilo-iwata
高校3年時の活躍を受け、小川航基はジュビロ磐田への加入が内定しました。
記者会見は母校・桐光学園で実施されています。
その際には、
「桐光学園と言ったら小川航基と言われるようになりたい」
という強い決意を語りました。
高校年代で高い評価を受けていた小川選手ですが、ここからプロとして新たな挑戦が始まります。
後に日本代表、そして海外リーグへと羽ばたく第一歩となった瞬間でした。
高校時代の周囲からの評価
引用:blogola
小川航基選手は高校時代から非常に高い評価を受けていました。
全国大会での活躍によってメディアからは「逸材」「将来の日本代表候補」と紹介されることもありました。
また、全国高校サッカー選手権優秀選手とインターハイ優秀選手の両方に選ばれたことは、その実力が全国レベルで認められていた証拠です。
さらに、高校3年時にはキャプテンを任されており、得点力だけでなくリーダーシップも評価されていました。
チームメートや指導者からの信頼がなければ、強豪校で主将を務めることはできません。
小川選手はプレー面だけでなく、人間的な部分でも高く評価されていたのです。
高校時代の経験が現在の小川航基につながっている
桐光学園時代の小川航基選手を見ると、現在のプレースタイルとの共通点が数多く見えてきます。
高校時代から評価されていたのは、
- 空中戦の強さ
- 多彩な得点パターン
- 勝負強さ
- リーダーシップ
でした。
実際、現在の小川選手も日本代表やNECナイメヘンでゴール前の存在感を発揮しています。
また、プロ入り後には大ケガや苦しい時期も経験しました。
それでも諦めずに努力を続け、日本代表へ返り咲き、海外リーグでも結果を残しています。
高校時代に培った精神力や責任感が、現在の活躍を支える大きな土台になっていることは間違いないでしょう。
まとめ
小川航基の高校時代は、現在の活躍につながる原点でした。
桐光学園では1年生からレギュラーとして活躍し、3年生ではキャプテン兼エースとしてチームを牽引。
全国高校サッカー選手権優秀選手やインターハイ優秀選手にも選ばれ、「高校ナンバーワンストライカー」と評される存在になりました。
また、鈴木勝大監督との衝突や全国大会での劇的なゴールなど、多くの経験を積み重ねながら成長していきます。
そして高校卒業後はジュビロ磐田、日本代表、そしてオランダへと活躍の場を広げました。
現在の小川航基を知るうえで、桐光学園で過ごした高校時代は欠かせないエピソードと言えるでしょう。











