ワールドカップには数え切れないほどの名勝負があります。
その中には、サッカーファンなら誰もが知る伝説の試合もあれば、数十年経った今でも語り継がれる歴史的な激闘も存在します。
リオネル・メッシが悲願の優勝を果たした2022年決勝、FIFAが「世紀の試合」と呼んだ1970年の準決勝、そしてアフリカ中が涙した2010年のウルグアイ対ガーナ――。
今回は海外メディアやFIFA公式でも高く評価される試合の中から、ワールドカップ史に残る名勝負5試合をランキング形式で紹介します。
サッカーを長年見ている人はもちろん、これからワールドカップを楽しみたい人にもぜひ見てほしい伝説のゲームばかりです。
この記事の内容
第1位 アルゼンチン 3-3 フランス(PK4-2)
2022年カタールワールドカップ決勝
引用:YouTube
「史上最高のワールドカップ決勝」と呼ばれる理由
ワールドカップの歴史には数多くの名勝負があります。
しかし、
- FIFA
- 海外メディア
- 元選手
- サポーター
の間で「史上最高の決勝戦」として名前が挙がることが多いのが、2022年カタール大会決勝のアルゼンチン対フランスです。
この試合には、サッカーというスポーツの魅力がすべて詰まっていました。
スーパースター同士の対決。
劇的な展開。
延長戦。
PK戦。
そして伝説の誕生です。
試合前から世界中の注目を集めた「新旧王者対決」
試合前の最大の話題は、
リオネル・メッシ対キリアン・エムバペ
でした。
アルゼンチンのメッシは35歳。
これが最後のワールドカップになる可能性が高く、
「唯一持っていないタイトル」
だったワールドカップ優勝を目指していました。
一方のフランスには23歳のエムバペ。
すでに2018年大会を制しており、
史上初の連覇を狙う立場でした。
まさに、
サッカー界の王座継承戦
と呼ぶにふさわしい舞台だったのです。
前半はアルゼンチンの完璧な試合運び
試合開始直後からアルゼンチンが主導権を握ります。
フランスはまったくリズムを作れません。
23分。
アンヘル・ディ・マリアが倒されPK獲得。
これをメッシが決めて先制します。
さらに36分。
今度はアルゼンチンが美しいカウンターを完成させます。
マックアリスターからのラストパスをディ・マリアが流し込み2-0。
前半終了時点で試合は完全にアルゼンチンペース。
世界中のサポーターが
「勝負あり」
と思っていました。
エムバペが90秒で試合をひっくり返す
しかしここから歴史が動きます。
80分。
エムバペがPKを決めます。
2-1。
そしてそのわずか約90秒後。
エムバペが再びゴール。
スコアは2-2。
スタジアム全体が騒然となりました。
80分まで存在感が薄かったエムバペが、
たった2分足らずで試合を振り出しに戻したのです。
この瞬間、多くの海外メディアが
「サッカー史上最高クラスの個人パフォーマンス」
と評価しました。
延長戦でもドラマは終わらない
普通ならここで十分名勝負です。
しかし、この試合はさらに続きます。
延長108分。
メッシが押し込み再びアルゼンチンがリード。
3-2。
ついにメッシがワールドカップを手にする。
そう思われました。
ところが118分。
今度はエムバペがPKを決めます。
3-3。
なんと決勝戦でハットトリック達成。
世界最高の選手と世界最高の若手が、
互いに譲らない異次元の戦いを繰り広げました。
PK戦直前に生まれた「伝説のセーブ」
試合終了間際。
フランスに決定機が訪れます。
ランダル・コロ・ムアニがゴール前で完全に抜け出しました。
決まればフランス優勝。
誰もがそう思った瞬間でした。
しかしアルゼンチンGKのエミリアーノ・マルティネスがスーパーセーブ。
もしこのセーブがなければ、
この試合の結末はまったく違ったものになっていたでしょう。
PK戦でメッシが悲願達成
PK戦ではアルゼンチン守護神マルティネスが躍動。
フランスのキッカーを止め、
アルゼンチンがPK戦を4-2で制しました。
そしてついに、
メッシはワールドカップ優勝という最後のピースを手に入れます。
ペレ。
マラドーナ。
クライフ。
ベッケンバウアー。
数々のレジェンドと比較され続けた男が、
ついにサッカー史上最高選手論争に終止符を打った瞬間でした。
なぜこの試合は歴史に残るのか
この試合が特別なのは、
単に点が多かったからではありません。
- メッシ最後の挑戦
- エムバペのハットトリック
- 2点差からの大逆転劇
- 延長戦での再逆転
- PK戦決着
- 世界最高選手の戴冠
という複数のドラマが1試合に凝縮されていたからです。
サッカー史を振り返っても、
ここまで物語性に満ちた決勝戦はほとんど存在しません。
だからこそ今もなお、
「ワールドカップ史上最高の決勝戦」
として語り継がれているのです。
第2位 イタリア 4-3 西ドイツ
FIFAが「世紀の試合」と呼んだ伝説の120分(1970年メキシコ大会準決勝)
引用:YouTube
ワールドカップ史上最も有名な延長戦
ワールドカップの歴史を語る上で絶対に外せない試合があります。
それが1970年メキシコ大会準決勝、
イタリア対西ドイツです。
この試合は現在でも
「The Game of the Century(世紀の試合)」
として知られています。
今ではハイレベルな試合が数多くありますが、当時この試合が与えた衝撃は別格でした。
なぜなら、延長戦だけで5ゴールが生まれるという、当時では考えられない激闘だったからです。
優勝候補同士の大一番
1970年大会のイタリアは堅守を武器とする強豪でした。
一方の西ドイツには、
- フランツ・ベッケンバウアー
- ゲルト・ミュラー
- ウーベ・ゼーラー
という歴史に残るスター選手が揃っていました。
事実上の決勝戦とも言われたこの準決勝は、世界中の注目を集めていました。
イタリアが先制し試合を支配
試合開始わずか8分。
イタリアのロベルト・ボニンセーニャが先制ゴール。
イタリアは得意の守備戦術でリードを守り続けます。
当時のイタリア代表は「カテナチオ」と呼ばれる守備的戦術の代名詞でした。
そのため多くの観客は、
「このまま1-0で終わるだろう」
と思っていました。
試合終了目前で西ドイツが追いつく
ところが後半アディショナルタイム。
終了まで残り数十秒という場面でドラマが起こります。
西ドイツのカール=ハインツ・シュネリンガーが同点ゴール。
1-1。
試合は延長戦へ突入しました。
実はシュネリンガーは代表でほとんど得点経験がなく、このゴールはドイツサッカー史でも語り継がれる一撃となっています。
ここから始まる狂気の30分
延長戦に入ると試合は完全に別物になりました。
94分。
ゲルト・ミュラーが勝ち越しゴール。
西ドイツが2-1と逆転します。
しかしイタリアも諦めません。
98分。
タルチジオ・ブルニッチが同点弾。
2-2。
さらに104分。
ルイジ・リーヴァが決めてイタリアが再逆転。
3-2。
ところが110分。
再びゲルト・ミュラー。
3-3。
観客は何が起きているのか理解できないほどの展開でした。
決着をつけたリベラの一撃
3-3となったわずか1分後。
ジャンニ・リベラがゴール。
イタリアが4-3と勝ち越します。
そして試合終了。
延長戦だけで5ゴール。
合計7ゴール。
現在でもワールドカップ史上屈指の激闘として語り継がれています。
ベッケンバウアーの「伝説の肩」
この試合をさらに伝説にしたのがフランツ・ベッケンバウアーです。
彼は試合中に肩を脱臼。
しかし当時は交代枠を使い切っていたため、腕を固定したままプレーを続行しました。
肩を吊った状態で走り続ける姿は世界中のサポーターに強烈な印象を残しました。
現在でもワールドカップ史を代表する名シーンの一つとして扱われています。
なぜ「世紀の試合」と呼ばれるのか
この試合が伝説になった理由は単純にゴール数だけではありません。
そこには、
- 優勝候補同士の激突
- 後半ロスタイムの同点劇
- 延長戦で5ゴール
- ベッケンバウアーの執念
- ゲルト・ミュラーの2得点
- リベラの決勝ゴール
という数え切れないドラマが詰まっていました。
サッカーは90分で終わるスポーツです。
しかしこの試合は120分間、最後まで何
が起きるかわからない展開が続きました。
だからこそ半世紀以上経った今でも、
「ワールドカップ史上最高の名勝負」
を語る際に必ず名前が挙がるのです。
第3位 ウルグアイ 1-1 ガーナ(PK4-2)
アフリカ中が涙した「スアレスの神の手事件」(2010年南アフリカ大会準々決勝)
引用:YouTube
ワールドカップ史上最も議論を呼んだ試合
サッカーには勝者と敗者がいます。
しかし、この試合ほど
「どちらが正しかったのか」
が議論された試合はほとんどありません。
2010年南アフリカ大会準々決勝。
ウルグアイ対ガーナ。
この試合は、
- アフリカサッカー史上最大の悲劇
- ルイス・スアレス最大の問題行動
- ワールドカップ史上屈指の名勝負
として現在も語り継がれています。
アフリカ全土の期待を背負ったガーナ
2010年大会はアフリカ大陸で初めて開催されたワールドカップでした。
開催地は南アフリカ。
そのためアフリカ中が
「初のアフリカ勢ベスト4」
を期待していました。
しかし、
- カメルーン
- ナイジェリア
- アルジェリア
- コートジボワール
などの強豪国は次々と敗退。
最後に残ったのがガーナでした。
ガーナが勝てば、
ワールドカップ史上初めてアフリカ勢が準決勝進出。
スタジアムの観客も中立ではなく、ほぼガーナを応援する雰囲気になっていました。
先制したのはガーナ
試合は激しい攻防が続きます。
前半終了間際。
ガーナのスレイ・ムンタリが強烈なミドルシュート。
ボールはゴールに吸い込まれ、
ガーナが先制します。
スタジアムは大歓声。
アフリカ初のベスト4が現実味を帯び始めました。
フォルランの魔法のFK
しかしウルグアイにもスター選手がいました。
後に大会MVPとなる
Diego Forlán
です。
後半10分。
フォルランが直接FKを決めます。
これで1-1。
試合は振り出しに戻りました。
歴史が動いた120分
延長戦終了間際。
試合は誰もが予想できない展開を迎えます。
ガーナがゴール前で立て続けにシュート。
ウルグアイ守備陣は必死に防ぎます。
そして最後のプレー。
ガーナのヘディングシュートがゴールへ向かいました。
その瞬間、
ゴールライン上にいた
Luis Suárez
が両手でボールを叩き落としたのです。
完全なハンド。
当然レッドカード。
退場処分です。
スアレスは悪者だったのか
世界中のサッカーファンが騒然となりました。
しかしスアレス本人は退場しながら笑顔を見せます。
理由は単純でした。
本来なら100%ゴール。
つまり敗退決定の場面でした。
しかしハンドによって、
ガーナはPKを蹴る権利を得たのです。
スアレスにとっては、
「負けをPK戦の可能性に変えた」
プレーでした。
今でもサッカー界では、
「スポーツマンシップに反する」
という意見と、
「国を救うための正しい判断」
という意見に分かれています。
アサモア・ギャンの運命のPK
PKキッカーはガーナのエース、
アサモア・ギャン。
決めれば試合終了。
ガーナはベスト4。
アフリカサッカーの歴史が変わる瞬間でした。
スタジアム全員が見守ります。
しかし、
ギャンのシュートはクロスバー直撃。
跳ね返ったボールとともに、
アフリカ中の夢も消えました。
スタジアムには悲鳴が響きます。
一方で退場処分を受けていたスアレスはベンチ前で歓喜していました。
この光景はワールドカップ史上最も有名な映像の一つになっています。
PK戦で決着
精神的ダメージを受けたガーナ。
PK戦ではウルグアイが冷静に成功させます。
結果は4-2。
ウルグアイが準決勝進出を決めました。
ガーナはあと数センチで歴史を変えるところまで迫っていました。
16年経った今も語り継がれる理由
この試合は単なる名勝負ではありません。
サッカーという競技の本質を問う試合でもありました。
- 勝つためなら何をしても良いのか
- ルールの範囲なら問題ないのか
- フェアプレーとは何か
という議論が世界中で巻き起こりました。
興味深いことに、後年アサモア・ギャン自身はインタビューで、
「自分がスアレスの立場でも同じことをしたと思う」
と語っています。
なぜこの試合は歴史に残るのか
この試合には、
- アフリカ初のベスト4への夢
- フォルランの同点弾
- スアレスのハンド
- ギャンのPK失敗
- PK戦決着
という数え切れないドラマが詰まっていました。
勝者と敗者がこれほど紙一重だった試合は珍しく、
今でもワールドカップ史上屈指の名勝負として語り継がれています。
そして多くのアフリカサッカーファンにとっては、
今なお忘れることのできない「最大の悲劇」なのです。
第4位 イタリア 3-2 ブラジル
「史上最強ブラジル」をパオロ・ロッシが沈めた伝説のハットトリック(1982年スペイン大会)
引用:YouTube
「史上最強の敗者」が生まれた試合
ワールドカップには優勝できなかったにもかかわらず、今なお伝説として語り継がれるチームがあります。
それが1982年ブラジル代表です。
サッカーファンの間では、
「歴代最強のブラジル」
あるいは
「史上最高の未優勝チーム」
とも呼ばれています。
しかし、その黄金軍団は準決勝にすら進めませんでした。
その理由となった試合が、
イタリア対ブラジルです。
誰もがブラジル優勝を確信していた
1982年大会のブラジルはまさに芸術でした。
中心選手は、
- ジーコ
- ソクラテス
- ファルカン
- エデル
- セレーゾ
という超豪華メンバー。
現代で例えるなら、
「全員が司令塔」
のようなチームです。
パスは流れるようにつながり、
攻撃は自由自在。
世界中のメディアがブラジルを優勝候補筆頭に挙げていました。
実際、この大会のブラジルはグループリーグで圧倒的な強さを見せていました。
多くの人が、
「このチームを止められる国は存在しない」
と考えていたのです。
一方のイタリアは不振続きだった
対するイタリアはまったく期待されていませんでした。
グループリーグでは、
- ポーランドと引き分け
- ペルーと引き分け
- カメルーンと引き分け
まさかの3試合連続ドロー。
辛うじて突破しただけでした。
さらにエースの
パオロ・ロッシ
も大会序盤は不調。
得点もありません。
そのため下馬評ではブラジル圧勝。
世界中がそう予想していました。
開始5分で試合が動く
ところが開始5分。
いきなりパオロ・ロッシが先制点を奪います。
ブラジル守備陣の隙を突いた見事なゴールでした。
しかしブラジルもすぐに反撃します。
ソクラテスが同点弾。
試合は1-1となります。
普通ならここからブラジルペースになるはずでした。
ところが再びロッシ。
25分に追加点を決めます。
イタリアが2-1。
スタジアムは騒然となりました。
ブラジルの美しいサッカー
それでもブラジルは慌てません。
ボールを保持しながら、
相手を走らせ、
空いたスペースを使う。
現代のポゼッションサッカーの原型とも言われるスタイルでした。
特にジーコとソクラテスの連携は圧巻。
ボールを持つだけで観客が沸くほどでした。
当時のサッカーファンにとって、
このブラジルは
「勝つためのチーム」
ではなく
「見るためのチーム」
でもあったのです。
ファルカンのスーパーゴール
後半23分。
ついにブラジルが追いつきます。
決めたのはファルカン。
角度のない場所から豪快にゴールネットを揺らしました。
2-2。
スタジアムは大歓声。
誰もが
「ここからブラジルが逆転する」
と思いました。
ファルカン自身も両腕を広げながら歓喜の雄叫びを上げます。
ワールドカップ史に残る名シーンです。
ロッシが歴史を変える
しかし運命は残酷でした。
74分。
ブラジル守備陣のクリアミスを見逃さなかった男がいました。
パオロ・ロッシです。
こぼれ球に素早く反応し、
ゴールへ流し込みます。
3-2。
ハットトリック達成。
スタジアムは驚愕しました。
世界最強と呼ばれたブラジルが、
たった一人のストライカーに沈められた瞬間でした。
「結果」と「美しさ」の戦い
この試合が語り継がれる理由は、
単なる番狂わせではありません。
そこにはサッカーの永遠のテーマがありました。
ブラジルは美しかった。
しかし負けた。
イタリアは効率的だった。
そして勝った。
この試合以降、
サッカー界では
「美しいサッカーと勝つサッカー」
という議論が何度も繰り返されることになります。
1982年のブラジルは、
その象徴的存在になったのです。
その後の運命
勝利したイタリアは勢いに乗ります。
パオロ・ロッシはその後も得点を重ね、
大会得点王を獲得。
そして決勝で西ドイツを破り優勝しました。
一方でブラジルは敗退。
しかし40年以上経った今でも、
1982年ブラジルは世界中のサッカーファンから愛されています。
優勝チーム以上に語り継がれる珍しい存在なのです。
なぜこの試合は歴史に残るのか
この試合には、
- 歴代最強クラスのブラジル
- パオロ・ロッシのハットトリック
- ファルカンの伝説的ゴール
- 優勝候補撃破
- 美しさと結果の対立
という数多くのドラマがありました。
もしサッカーの魅力を1試合で説明するなら、
この試合を挙げる人も少なくありません。
だからこそ1982年のイタリア対ブラジルは、今もなおワールドカップ史上屈指の名勝負として語り継がれているのです。
第5位 西ドイツ 3-3 フランス(PK5-4)
「セビリアの夜」と呼ばれる伝説の死闘(1982年スペイン大会準決勝)
引用:YouTube
ヨーロッパサッカー史上最大級の名勝負
1982年スペインワールドカップ準決勝。
西ドイツ対フランス。
この試合は現在でも
「セビリアの夜」
と呼ばれています。
フランスとドイツの両国では、今でもワールドカップ史上最高の試合として語られることが少なくありません。
また、
- 初のPK戦決着となったワールドカップ準決勝
- 延長戦で3ゴール差がひっくり返った伝説の試合
としても知られています。
プラティニ率いるフランス黄金世代
当時のフランスには、
Michel Platini
を中心とした黄金世代がいました。
さらに、
- アラン・ジレス
- ジャン・ティガナ
- ルイス・フェルナンデス
という中盤は後に「魔法のカルテット」と呼ばれます。
一方の西ドイツには、
Karl-Heinz Rummenigge
や
Pierre Littbarski
などスター選手が揃っていました。
悲劇のシューマッハ事件
試合開始から緊張感のある展開が続きます。
そして後半。
フランスのパトリック・バチストンが完全に抜け出します。
しかし飛び出した西ドイツGK
Harald Schumacher
と激突。
バチストンは意識を失い、そのまま倒れ込みました。
歯を失い、担架で運ばれる衝撃的な場面でした。
ところが主審はファウルを取らず。
PKも退場もなし。
現在でもワールドカップ史上最も物議を醸した判定の一つとして語られています。
延長戦でフランスが勝負を決めた…はずだった
90分を終えて1-1。
試合は延長戦へ。
ここでフランスが爆発します。
まずマリウス・トレゾール。
さらにアラン・ジレス。
スコアは3-1。
残り時間を考えれば勝負は決まったように見えました。
フランスのサポーターは決勝進出を確信していました。
西ドイツの執念
しかし西ドイツは諦めません。
途中出場のルンメニゲがゴール。
3-2。
さらに終了間際、
クラウス・フィッシャーが豪快なオーバーヘッドシュートを決めます。
3-3。
スタジアムは大熱狂。
フランスは天国から地獄へ突き落とされました。
ワールドカップ史上初のPK戦
当時のワールドカップではPK戦の歴史がまだ浅く、多くの選手にとって未知の世界でした。
そして迎えたPK戦。
両チームとも緊張感の中でキックを続けます。
最後は西ドイツが5-4で勝利。
壮絶な戦いに終止符が打たれました。
なぜこの試合は歴史に残るのか
この試合には、
- 問題となったGKの激突
- 延長戦で3-1からの大逆転劇
- オーバーヘッドシュート
- ワールドカップ史上初のPK戦決着
というドラマが凝縮されていました。
特にフランスでは、
「最も悔しい敗戦」
として今なお語り継がれています。
一方でドイツでは、
「決して諦めないドイツ魂の象徴」
として扱われています。
サッカー史を語るうえで欠かせない一戦であり、多くの海外メディアが歴代最高のワールドカップ名勝負に選んでいる理由もそこにあるのです。
まとめ
ワールドカップは単なるサッカー大会ではありません。
世界最高峰の選手たちが国の誇りを背負い、時には人生を懸けて戦う舞台です。
だからこそ、歴史に残る名勝負が数多く生まれてきました。
今回紹介した5試合は、それぞれ異なる魅力を持っています。
- アルゼンチン対フランス(2022年)……史上最高の決勝戦
- イタリア対西ドイツ(1970年)……「世紀の試合」と呼ばれた死闘
- ウルグアイ対ガーナ(2010年)……歓喜と悲劇が交錯したドラマ
- イタリア対ブラジル(1982年)……美しいサッカーと勝利の哲学がぶつかった一戦
- 西ドイツ対フランス(1982年)……今なお語り継がれる伝説の大逆転劇
どの試合も単なる勝敗では語れない物語があり、サッカー史に大きな足跡を残しました。
ワールドカップ2026でも、将来このランキングに加わるような新たな名勝負が生まれるかもしれません。世界中のサッカーファンが熱狂する瞬間を、ぜひリアルタイムで目撃しましょう。




