日本代表のストライカーとして活躍する上田綺世選手。
2025-26シーズンにはフェイエノールトでリーグ戦31試合25得点を記録し、日本人選手として初めてエールディヴィジ得点王に輝きました。
そして2026年にはフランス・リーグアンのLOSCリールへ完全移籍。
現在は背番号18を背負っています。Transfermarktによると、リールとは2030年6月までの契約となっています。
そんな上田綺世選手のキャリアを振り返ると、
「36」「18」「9」
という3つの番号が特に印象的です。
なかでも「18」は上田選手にとって特別な番号。
なぜ18番にこれほどこだわっているのでしょうか。
今回は、上田綺世選手の歴代背番号を鹿島アントラーズ、サークル・ブルッヘ、フェイエノールト、LOSCリール、日本代表に分けて紹介するとともに、18番に込められた意味についても詳しく見ていきます。
この記事の内容
上田綺世の歴代背番号一覧
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まずはクラブでの歴代背番号をまとめてみましょう。
| シーズン | 所属クラブ | 背番号 |
|---|---|---|
| 2018-19 | 法政大学 | 18 |
| 2018-19 | 鹿島アントラーズ | 36 |
| 2019-20 | 鹿島アントラーズ | 36 |
| 2020-21 | 鹿島アントラーズ | 18 |
| 2021-22 | 鹿島アントラーズ | 18 |
| 2022-23 | サークル・ブルッヘ | 36 |
| 2023-24 | フェイエノールト | 9 |
| 2024-25 | フェイエノールト | 9 |
| 2025-26 | フェイエノールト | 9 |
| 2026-27 | フェイエノールト | 9 |
| 2026-27 | LOSCリール | 18 |
Transfermarktの背番号履歴では、このようになっています。
こうして見ると非常に面白いですね。
鹿島加入当初の「36」から念願の「18」を獲得。
ベルギー移籍で再び「36」となり、フェイエノールトではストライカーらしい「9」を背負いました。
そしてリール移籍によって、再び18番に戻っています。
鹿島アントラーズ時代の背番号は36→18
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上田綺世選手は法政大学在学中の2019年、加入予定を前倒しする形で鹿島アントラーズに加入しました。
2019年7月31日の浦和レッズ戦でJリーグデビュー。8月10日の横浜F・マリノス戦でプロ初ゴールを記録しています。
鹿島加入当初の背番号は、
36番
でした。
しかし、2021年から背番号を18番へ変更します。
これは単純に若い番号を与えられたというわけではありません。
上田選手自身が以前から18番を希望していました。
当時、本人は「僕が18番が好きだから」としながら、その理由としてサッカーを始めるきっかけになった父親の存在を明かしています。
父親がサッカーで18番を着用しており、幼い頃から父親のポジションや番号をまねしていたそうです。
つまり鹿島での、
36番→18番
という変更には、上田選手自身にとって大きな意味があったのです。
上田綺世が18番を選ぶ理由は父親
引用:X
上田綺世選手の背番号を語るうえで欠かせないのが父親の存在です。
上田選手は父親に憧れてサッカーを始めました。
そして、その父親がサッカーをするときにつけていた番号が、
18番
でした。
上田選手は2025年、日本代表の背番号を9番から18番へ変更した際にも、父親への憧れから18番をつけ続けてきたことを明かしています。
しかも、上田選手は「一桁の番号だから良い」という考えではなく、自分にとっては18番こそ特別な番号という思いを持っています。
一般的にはFWのエースナンバーといえば「9」。
しかし上田綺世選手の場合、
9番以上に18番が自分自身のエースナンバー
と考えられそうです。
18番のルーツにはクリンスマンも!
引用:jiji
そして話はもう一段深くなります。
なぜ上田綺世選手の父親が18番だったのでしょうか。
その理由が、元ドイツ代表の名ストライカー、
ユルゲン・クリンスマン
です。
上田選手の父・晃さんはクリンスマンのファンで、自身がサッカーをするときに18番をつけていました。
その父親に憧れた上田選手が18番を選んだため、
クリンスマン
↓
上田綺世の父
↓
上田綺世
という形で「18」がつながっています。
ちなみに上田選手自身は、クリンスマンを直接まねして18番を選んだというより、憧れていた父親が18番だったから自分も18番を選んだというのが正確です。
このエピソードを知ると、単なる背番号以上の意味があることが分かりますね。
サークル・ブルッヘでは再び36番
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2022年夏、上田綺世選手は鹿島アントラーズからベルギーのサークル・ブルッヘへ完全移籍しました。
ここでの背番号は、
36番
でした。
奇しくも鹿島加入当初と同じ番号です。
しかし海外挑戦初年度からゴールを量産。
2022-23シーズンのベルギーリーグでは34試合18得点。欧州プレーオフでも6試合4得点を記録しています。
「18番ではない上田綺世」でも、その決定力はベルギーで十分に通用しました。
そして、この活躍が次のステップにつながります。
フェイエノールトでは背番号9
引用:X
2023年8月、オランダの名門フェイエノールトへ完全移籍。
フェイエノールトで与えられた背番号は、
9番
でした。
2023-24シーズンから2026-27シーズン途中まで、一貫して9番を背負っています。
FWにとって9番は非常に象徴的な番号です。
加入当初はサンティアゴ・ヒメネスという強力なライバルがいたため出場時間が限られましたが、徐々に存在感を高めました。
そして大爆発したのが2025-26シーズン。
リーグ戦31試合で、
25ゴール
を記録。
日本人として初めてエールディヴィジ得点王となりました。
上田綺世選手にとって「9」は、欧州でストライカーとして大きく飛躍した番号になったといえるでしょう。
リールでは念願の背番号18に!
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そして2026年、キャリアに新しい転機が訪れました。
上田綺世選手はフェイエノールトを離れ、フランス・リーグアンのLOSCリールへ完全移籍。
新天地で選んだ番号は――
18番
です。
Transfermarktでは2026年8月31日加入、契約は2030年6月30日までと記録されています。
そして早くも結果を残しています。
アップロード資料では2026-27シーズンのリールでリーグアン1試合1得点、チャンピオンズリーグでも1試合1得点。リール加入後の公式戦2試合で2ゴールというスタートです。
鹿島で18番。
日本代表でも18番。
そしてリールでも18番。
キャリアを重ねた末に、クラブと代表の両方で自分にとって最も特別な番号を背負うことになったわけです。
日本代表での歴代背番号は?
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日本代表では、クラブ以上に多くの番号を経験しています。
Transfermarktの記録を整理すると、
| 時期 | 代表 | 背番号 |
|---|---|---|
| 2017-18 | 日本U-21 | 13 |
| 2017-18 | 日本五輪代表 | 15 |
| 2018-19 | 日本代表 | 13 |
| 2019-20 | 日本U-23 | 13・9 |
| 2019-20 | 日本代表 | 13・9 |
| 2020-21 | 日本五輪代表 | 18 |
| 2021-22 | 日本代表 | 21 |
| 2022-23 | 日本代表 | 9 |
| 2023-24 | 日本代表 | 9 |
| 2025-26 | 日本代表 | 18 |
| 2026-27 | 日本代表 | 18 |
となっています。
A代表デビューは2019年6月18日。現在の資料では国際Aマッチ43試合18得点を記録しています。
特に印象的なのは、
13 → 21 → 9 → 18
という変化でしょう。
日本代表では9番から18番へ変更
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上田綺世選手は2023年頃から日本代表で9番を背負う機会が増え、森保ジャパンのセンターフォワードとして定着していきました。
ところが2025年10月、日本代表でも9番から18番へ変更します。
しかもこれは偶然空いていた番号を選んだわけではありません。
上田選手自身が以前から日本代表側に18番を希望していたことを明かしています。
そして18番になって最初のパラグアイ戦では、試合終了間際に同点ゴール。
憧れの父親も観戦する前で、新しい18番として早速結果を残しました。
これは上田綺世選手の背番号の歴史を語るうえで、かなり象徴的なエピソードですね。
上田綺世にとって9番と18番の違いは?
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上田綺世選手のキャリアには、
9番=ストライカーとして結果を残した番号
18番=自分自身のルーツを表す番号
という違いが見えてきます。
フェイエノールトでは9番を背負って得点王。
一方の18番には、父親への憧れや、サッカーを始めた原点が込められています。
つまり、
一般的なエースナンバーは「9」でも、上田綺世にとってのエースナンバーは「18」
と表現してもよさそうです。
2026-27シーズンからリールでも18番を背負うことになったことで、この番号は今後さらに上田綺世選手を象徴するものになっていくでしょう。
まとめ
今回は、上田綺世選手の歴代背番号について紹介しました。
クラブでは、
法政大学:18
鹿島:36→18
サークル・ブルッヘ:36
フェイエノールト:9
LOSCリール:18
という変遷をたどっています。
そして日本代表でも13番、21番、9番などを経て、現在は18番。
18番のルーツにあるのは、サッカーを始めるきっかけとなった父親です。その父親が好きだったクリンスマンから「18」が父へ、そして上田選手へとつながりました。
フェイエノールトでは9番を背負って日本人初のエールディヴィジ得点王。
そしてリールでは、再び大切な18番を背負って新たな挑戦を始めています。
「9番で欧州得点王になり、18番で欧州5大リーグへ」
という流れも面白いですね。
上田綺世選手が特別な「18」とともに、フランス、そして日本代表でどこまでゴールを積み重ねるのか注目です。
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