冨安健洋の背番号の歴代って、どうなってるの?
クラブチームでも代表チームでも、背番号の変遷は彼の歩みそのものを物語っています。
アビスパ福岡時代から欧州での挑戦、そして現在のアーセナルや日本代表まで――。
どんな番号を着けてきたのか、それぞれのシーズンにどんな出来事があったのかを、エピソード付きでまとめました。
さらに、代表での「16番」から「22番」への変更については、本人が語った想いにも注目。
あの吉田麻也とのやり取り、ファンならニヤリとするはずです!
この記事を読めば、背番号を通して冨安健洋という選手の“進化と責任”がより深く理解できますよ。
この記事の内容
冨安健洋の歴代背番号まとめ!クラブごとの変遷が面白い

冨安健洋選手の写真
冨安健洋の歴代背番号をクラブごとに振り返ると、彼のキャリアに刻まれた“成長の証”が見えてきます。
各クラブでの背番号とともに、実際に起こったエピソードや出来事を交えて紹介します!
まずは、クラブでの歴代背番号を見てみましょう。
シーズン | 所属クラブ | 背番号 |
2014-2015 (ユース) |
アビスパ福岡 | 5 |
2014-2015 | アビスパ福岡 | 32 |
2015-2016 | アビスパ福岡 | 21 |
2016-2017 | アビスパ福岡 | 14 |
2017-2019 | シント=トロイデンVV | 3 |
2019-2022 | ボローニャ | 14 |
2022-2023 | アーセナル (U-21) |
2 |
2021- | アーセナル | 18 |
様々な背番号を背負ってきていますね。
アーセナルでは18番を背負っていますが、そのうち変わるかもしれませんね。
日本代表での背番号を見てみましょう。
シーズン | 背番号 |
2015-2016 (U-18) |
5 |
2016-2017 (U-20) |
5 |
2017-2018 (U-21) |
5 |
2020-2021 (オリンピック) |
14 |
2018-2022 | 16 |
2022-2023 | 22 |
2023-2024 | 16、22 |
2024-2025 | 22 |
日本代表では16番が定着。
と思っていたら、22番を背負うようになりましたね。
吉田麻也選手の後継者?ということなのでしょうか。
アビスパ福岡
冨安健洋選手、アビスパ福岡U-15とU-18ではほとんどがボランチとしてのプレーでした。
守備力だけでなく、機を見た攻め上がりやミドルシュートなど攻撃面でもチームに大きく貢献し”比類なき攻守のダイナミズム”が魅力の選手でした。
日本代表でのボランチもきっとやれる!楽しみです! pic.twitter.com/aF2wh3ZgQl— アビスパ福岡アカデミー非公式広報部 (@avispa_u18info) January 9, 2019
冨安健洋選手のアビスパ福岡での歴代背番号です↓
所属期間 | チーム | 背番号 |
---|---|---|
2014-2015 | アビスパ福岡U-18 | 5 |
2015 | アビスパ福岡(トップ) | 32 |
2016 | アビスパ福岡 | 21 |
2017 | アビスパ福岡 | 14 |
冨安健洋がプロとしての第一歩を踏み出したのがアビスパ福岡。
ユース時代の5番は、当時から守備の要として期待されていた証です。
2015年、まだ高校生だった冨安選手は、特別指定選手として背番号32番でトップチームデビューを果たしました。
この年の天皇杯では、2種登録ながら堂々のプレーを披露し、地元メディアでも大きく取り上げられました。
その後は出場機会の増加とともに21番、そして14番へ昇格。
2017年にはロアッソ熊本戦でプロ初ゴールを決め、14番の若き守備職人として注目を集める存在になりました。
高校卒業を待たずにプロ契約を結ぶなど、福岡でのエピソードは“成り上がりの原点”ですね!
シント=トロイデンVV
ブログ更新: 伊セリエA・ボローニャがシントトロイデンから日本代表DF冨安健洋の獲得を正式発表 中田英寿以来の日本人選手にhttps://t.co/87asxPVDeB pic.twitter.com/gq336Us2Mf
— ドメサカブログ (@domesoccer) July 9, 2019
2018年、19歳で初の海外移籍を果たした冨安健洋。
ベルギーのクラブ「シント=トロイデンVV」では背番号3番をつけました。
このクラブは日本人選手が多く在籍しており、日本語が通じる環境の中で早期に順応。
開幕戦からいきなりスタメン出場を果たし、さらに第16節のアンデルレヒト戦では移籍後初ゴールも決めました!
そのシーズン終了後、サポーター団体「Spionkop Geel-Blauw」からクラブの年間最優秀選手に選出されるなど、まさに“躍進の年”。
この背番号3の時代は、冨安健洋が欧州で評価をグッと高めた大切なフェーズでしたね!
ボローニャFC
?速報?
アーセナル???????が冨安健洋の獲得でボローニャ??と合意に至った?
via @FabrizioRomano pic.twitter.com/NLutDIwwvS
— ⚡️ALIEL ⚽️ アリエル⚡️ (@ALIEL_Football) August 31, 2021
ボローニャでの背番号は14番に。
2019年、冨安健洋はイタリア・セリエAのボローニャFCに移籍。
加入後、最初に注目されたのがプレーだけでなく、「デビュー戦でのゴール」でした。
親善試合のビジャレアル戦でヘディング弾を決めて話題になり、背番号14の新戦力としていきなり注目の的に。
さらにセリエA開幕戦(エラス・ヴェローナ戦)では、右サイドバックとして90分間フル出場。
守備の安定感とビルドアップの力強さが評価され、「新たな鉄壁」とイタリアメディアからも称賛されました。
この時期は冨安=14番=信頼の象徴というイメージが完全に出来上がっていたと思います。
アーセナル
アルテタ監督は冨安健洋の怪我に対して「回復までもう数週間かかるだろう」とコメント?
冨安が開幕戦に合わない可能性が高いことが判明???
?@FabrizioRomano pic.twitter.com/RnlSSjLJBh
— Fooootest(サッカーブログ) (@Fooootest) August 11, 2024
冨安健洋がアーセナルで着用する背番号は18です。
プレミアリーグの名門アーセナルFCに移籍した冨安健洋。
この時つけたのが背番号18番でした。
加入早々、ノリッジ戦でスタメンデビューし、空中戦の強さと安定した守備で“トミヤス大当たり”と英メディアが報道。
試合後にはTwitterで「#Tomiyasu18」がトレンド入りするなど、背番号18番が一気に浸透しました。
また、チームのYouTubeやインスタグラムでも登場機会が多く、ファンからは「日本のウォール」「安心感ハンパない」と人気爆発。
アーセナルでの18番時代は、まさに“世界基準の選手”として広く知られるようになった時代です!
U-21アーセナル
2022年、ケガからの復帰後、コンディション調整のためにアーセナルU-21の試合に出場した冨安健洋。
このとき、試合では2番のユニフォームを着用していました。
本来の18番ではなく、ポジション(右SB)に合わせた2番を任された形です。
この試合ではフル出場し、若手選手をリードする姿が印象的でした。
実はこのとき、現地サポーターから「2番トミヤスが若手の先生すぎる」と称賛されていたんですよ〜!
クラブが彼のリーダーシップを高く評価している証ですね。
冨安健洋の日本代表での歴代背番号とは?
◇━━━━━━━━━━━━◇
受け継がれる系譜
◇━━━━━━━━━━━━◇日本代表の22番を背負いキャプテンマーク巻く冨安健洋??✨ pic.twitter.com/2G7NPclqBT
— Fooootest(サッカーブログ) (@Fooootest) June 12, 2024
冨安健洋が日本代表でどんな背番号をつけてきたのか、その歴史をひも解くと「代表内での役割の変化」も見えてきます。
U-17世代からA代表までの番号と、それぞれの時代に起きた印象的な出来事を追ってみましょう!
U-18から五輪代表まで「5番」が定番だった時代
所属 | U-18/U-20代表 |
---|---|
背番号 | 5番(主に) |
冨安健洋は10代の頃から各年代別代表に招集されており、U-18やU-20では「5番」をつけることが多かったです。
この5番は、ディフェンスラインの中央=センターバックの番号として伝統的なもの。
2017年のU-20W杯(韓国開催)では、堂々とスタメン出場し、堅い守備で世界に存在感を示しました。
日本代表の“次世代CBの柱”として名が知られはじめたのも、この時期の「5番トミヤス」の活躍からでした。
若手ながら冷静沈着なプレーで、すでに“ベテラン感”があると話題になっていましたね。
2020東京五輪で「14番」をつけたワケ
大会 | 東京オリンピック2020(U-24代表) |
---|---|
背番号 | 14 |
東京五輪では、冨安健洋は背番号14番をつけて出場しました。
この大会では、吉田麻也・板倉滉らとともに守備陣の中心を担い、準決勝進出に大きく貢献。
当時、ケガから復帰したばかりだった冨安健洋がスタメンに復帰した際、「帰ってきた14番、やっぱり頼りになる!」とファンの間で大きな話題に。
結果的にこの14番は、“逆境から復活した守備の要”として印象に残る番号になりました。
A代表での「16番」と「22番」はどう使い分けてる?
期間 | A代表(2018年~) |
---|---|
背番号 | 16、22など |
A代表でのデビューは2018年のキリンチャレンジカップ。
このとき冨安健洋がつけていたのは「16番」。
その後も背番号16を背負い続け、ワールドカップカタール大会に出場。
そしてAFCアジアカップ2023では、背番号「22番」に変更したことで話題になりました。
報道によれば、冨安健洋はその変更についてこう語っています?
「日本代表のセンターバックといえば22番というのは、(吉田)麻也さんのところでハッキリ印象が付いたのかなと思う。
それを引き継ぐというか、責任感が生まれてくる。リーダーシップを発揮しながらやっていきたいと思っている」
さらに、元キャプテンの吉田麻也にも自ら連絡したというエピソードが。
「22番を引き継ぎますと麻也さんに連絡したら、『なんやそれ』って言われました(笑)
僕の中でも大きなことではないというか、背番号を変えたというだけ。大事にはしなくていいですよ。
麻也さんもそう思っていると思います」
このコメント、冨安健洋らしい謙虚で冷静な中にも、しっかりとした“芯”と思いやりが感じられますよね。
あえて「大げさにしたくない」と語りながらも、自分なりの敬意と責任感を言葉にしているところ、胸が熱くなります。
さいごに
冨安健洋の背番号の変遷は、まさに彼の成長と信頼の証でした。
アビスパ福岡で32番からスタートし、シント=トロイデンで3番、ボローニャでは14番、そしてアーセナルでは18番を背負うなど、各クラブで主力として着実にステップアップしてきました。
日本代表では長らく16番をつけてきましたが、2024年アジアカップからは22番へ変更。
その背景には、吉田麻也からの“継承”という想いが込められていました。
「責任感が生まれてきた」「リーダーシップを発揮していきたい」と本人が語ったように、背番号にも“覚悟”がにじんでいます。
今後、どんな番号を背負い、どんなプレーで魅せてくれるのか、背番号とともに歩む冨安健洋にこれからも注目です。
冨安健洋の最新情報は、アーセナル公式サイトや日本サッカー協会公式で確認できます。
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