日本代表の守備を支えてきた冨安健洋。
アビスパ福岡から海外へ渡り、シント=トロイデン、ボローニャ、アーセナル、アヤックスを経て、2026年にはクリスタル・パレスへ加入しました。
そんな冨安のキャリアを振り返ると、所属クラブとともに背番号も「32→21→14→3→14→18→32→17」と変化しています。
Transfermarktの記録でも、この変遷を確認できます。
また、日本代表では「16」や「22」、年代別代表では「5」などを着用してきました。
今回は、冨安健洋の歴代背番号をクラブ・日本代表別に紹介するとともに、それぞれの時代の実績やエピソード、日本国内や海外での評価・反応について詳しく見ていきます。
この記事の内容
冨安健洋の歴代背番号一覧
まずはクラブで着用してきた背番号をまとめてみましょう。
| シーズン | 所属クラブ | 背番号 |
|---|---|---|
| 2014-15 | アビスパ福岡U-18 | 5 |
| 2014-15 | アビスパ福岡 | 32 |
| 2015-16 | アビスパ福岡 | 21 |
| 2016-17 | アビスパ福岡 | 14 |
| 2017-18 | シント=トロイデン | 3 |
| 2018-19 | シント=トロイデン | 3 |
| 2019-20 | ボローニャ | 14 |
| 2020-21 | ボローニャ | 14 |
| 2021-22 | ボローニャ | 14 |
| 2021-22 | アーセナル | 18 |
| 2022-23 | アーセナル | 18 |
| 2023-24 | アーセナル | 18 |
| 2024-25 | アーセナル | 18 |
| 2025-26 | アヤックス | 32 |
| 2026-27 | クリスタル・パレス | 17 |
背番号の履歴を見ると、「14」はアビスパ福岡とボローニャ、「32」はアビスパ福岡とアヤックスで着用しているのが興味深いところです。
現在のクリスタル・パレスでは17番。クラブ公式プロフィールでも17番として登録されています。
アビスパ福岡時代の背番号|5→32→21→14
引用:jleague
冨安健洋の原点となったのが、地元・福岡のアビスパ福岡です。
アビスパ福岡U-18では5番を着用。その後トップチームでは32番、21番、14番と変化していきました。
背番号32でトップチームへ
冨安はアビスパ福岡のアカデミーからトップチームへ昇格。
現在はセンターバックやサイドバックのイメージが強い選手ですが、Jリーグ公式によると、Jリーグデビューとなった2016年のFC東京戦ではボランチとしてプレーしていました。
その後、チーム事情からセンターバックへ転向。
当時の井原正巳監督にロングボールを蹴ってもらってヘディングを集中的に練習したほか、日本代表経験を持つ岩下敬輔から守備の個人戦術を学んだというエピソードもあります。
14番を背負って欧州へ
トップチームで最後に着用したのが14番でした。
14番は後にボローニャでも着用することになるため、冨安のキャリアを語るうえでは縁のある番号です。
アビスパ福岡時代から海外で活躍する現在まで一貫しているのが、その吸収力の高さ。
Jリーグ公式でも、若手時代の冨安について「どん欲」で「吸収力の高い」選手だったというエピソードが紹介されています。
福岡で着用した32、21、14は、世界へ飛び出す前の冨安の成長過程を象徴する番号だったといえそうです。
シント=トロイデン時代の背番号は「3」
引用:stvv
2018年にベルギーのシント=トロイデンへ移籍した冨安。
欧州で最初に背負った番号は、DFらしい3番でした。
2017-18、2018-19シーズンともに3番を着用しています。
加入当初は負傷もあり、すぐにレギュラーになったわけではありません。
しかし、2018-19シーズンにはセンターバックとして存在感を高め、一気に評価を上げました。
このベルギーでの活躍がイタリアからも注目され、わずか2シーズンでセリエAのボローニャへステップアップしています。
ベルギーで高まった評価
海外挑戦前は、日本では将来性の高い若手DFという位置づけでした。
しかしシント=トロイデンで継続的にプレーしたことで、欧州での評価が大きく変化。
日本人選手だから評価されたのではなく、欧州リーグで戦える大型DFとして認められていった時期でした。
センターバックとして3番を背負いながら評価を高めたことが、後のセリエA移籍につながっていきます。
ボローニャ時代の背番号は「14」
2019年、冨安健洋はイタリア・セリエAのボローニャへ移籍しました。
ここで選んだ背番号は14番。
アビスパ福岡時代にも背負った番号です。
2019-20から2021-22シーズンまで、ボローニャでは一貫して14番を着用しました。
センターバックから右サイドバックへ
ボローニャ時代の面白いところは、センターバックだけでなく右サイドバックとして高い評価を得たことです。
187cmのサイズがありながら機動力もあり、守備だけでなくボールを扱う能力も高い。
センターバック、右サイドバックなど複数のポジションをこなせる能力は、その後のアーセナルでも大きな武器となりました。
ミハイロビッチ監督から高評価
当時ボローニャを率いていたシニシャ・ミハイロビッチ監督からの評価も非常に高いものでした。
冨安の退団時には、バックラインのさまざまなポジションをカバーしてくれた信頼できる選手を失うことを惜しみ、成長して送り出せることへの誇りも語っています。
ベルギーで評価された若手DFが、セリエAで欧州トップリーグでも通用するDFへ成長した時期といえるでしょう。
そして2021年夏。
冨安のキャリアはさらに大きく動きます。
アーセナル時代の背番号は「18」
引用:goal
2021年8月31日、冨安健洋はプレミアリーグの名門アーセナルへ移籍しました。
背番号は18番。
2021-22シーズンから2024-25シーズンまで、トップチームでは一貫して18番を着用しました。
冨安の歴代背番号の中でも、世界的に最も広く知られた番号の一つでしょう。
加入直後から評価が急上昇
移籍市場最終日に加入した冨安でしたが、すぐにプレミアリーグへ適応。
ノリッジ戦でデビューすると、バーンリー戦でも無失点に貢献し、トッテナムとのノースロンドン・ダービーでも存在感を発揮しました。
そして加入したばかりの2021年9月にアーセナルの月間最優秀選手を受賞。
ファン投票では51%を獲得し、アーロン・ラムズデールやエミール・スミス・ロウを上回っています。
加入からわずか1カ月。
アーセナルファンから一気に支持を集めたことが分かります。
「バーゲンだった」と評価
海外メディアからの評価も高まりました。
『The Athletic』による当時の評価を紹介したSporting Newsの記事では、加入時にはイングランドで広く知られた存在ではなかったものの、その後は守備に安心感をもたらす存在となり、移籍金を考えても価値の高い補強だったという趣旨で評価されています。
さらに冨安は右サイドバックだけでなく、左サイドバックやセンターバックにも対応。
アーセナル時代後半には、アルテタ監督から信頼される守備陣の一人として評価されていました。
一方で、負傷によって長期間離脱することも多く、コンディションさえ整えば――という評価がつきまとう時期でもありました。
それでも「18番」は、冨安が世界最高峰のプレミアリーグで評価を確立した番号として印象深いものとなりました。
アヤックス時代の背番号は「32」
引用:english.ajax
アーセナル退団後、冨安健洋は2025年12月にオランダの名門アヤックスへ加入しました。
背番号は32番。
ここで注目したいのが、32番は冨安にとって初めての番号ではないことです。
アビスパ福岡でトップチームに加わった時期にも32番を着用しています。
つまり、
アビスパ福岡で世界へのキャリアをスタートした「32」
↓
欧州でさまざまな経験を積む
↓
アヤックスで再び「32」
という形になりました。
長期離脱を経験した後の新天地だっただけに、偶然とはいえ興味深い背番号の巡り合わせです。
アヤックスでは実戦復帰を果たし、再び試合に出場できる状態までコンディションを戻していきました。
アーセナルの18番が「世界トップレベルへ挑戦した番号」なら、アヤックスの32番は再出発を象徴する番号として記憶されそうです。
クリスタル・パレスの背番号は「17」
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2026年8月、冨安健洋はクリスタル・パレスへ加入し、プレミアリーグへ復帰しました。
新たな背番号は17番。
2026年9月現在、クリスタル・パレス公式サイトでも「17 Takehiro Tomiyasu」と登録されています。
アーセナル時代の18番から、一つ若い17番になった形です。
プレミア復帰に国内ファンも注目
8月22日のエバートン戦では途中出場し、クリスタル・パレスでの公式戦デビューを果たしました。
これはアーセナル時代の2024年10月以来となるプレミアリーグ出場。
地元メディアは敗戦したチーム全体に厳しい採点を付けながらも、冨安については途中出場後に求められた仕事をこなしたという趣旨で評価しました。
さらに9月8日のミドルズブラ戦では先発フル出場し、3-0の無失点勝利に貢献。
日本のファンからも、鎌田大地のゴールにつながった冨安の縦パスに「美しい」「パスが良すぎる」といった反応が紹介されています。
まだ17番を背負ってから日は浅いものの、長期離脱を経験した冨安が再びプレミアリーグでプレーしていること自体に注目が集まっています。
冨安健洋の日本代表での歴代背番号は?
引用:news.yahoo
クラブだけでなく、日本代表でも複数の番号を着用しています。
主な背番号は、
年代別代表:5番
東京五輪代表:14番
日本代表:16番、22番
です。
特に現在の冨安を象徴する番号になっているのが22番。
Jリーグ公式の2026年日本代表紹介でも「DF 22 冨安健洋」と掲載されています。
年代別代表では「5番」
U-16、U-18、U-19、U-20、U-21世代では主に5番を着用しました。
センターバックらしい番号で、若い頃から日本の守備を担う存在として期待されていたことがうかがえます。
U-20日本代表として2017年のU-20ワールドカップにも出場しました。
A代表では「16」から「22」へ
A代表入りした初期には16番を着用する機会が多く、その後は22番を背負うことが増えていきました。
2022年カタールワールドカップにも出場。
クラブでは複数ポジションを経験してきましたが、日本代表ではセンターバックを中心に、守備陣を支える選手として評価されてきました。
冨安健洋の背番号で最も印象的なのは?
冨安健洋のキャリアを背番号で追ってみると、それぞれの番号に違った時代が重なっています。
5番
→ アビスパ福岡U-18・年代別日本代表
32番
→ アビスパ福岡でトップチームへ。その後アヤックスで再び着用
21番
→ アビスパ福岡でプロキャリアをスタート
14番
→ アビスパ福岡からボローニャへ。セリエAでも着用
3番
→ シント=トロイデンで欧州での評価を確立
18番
→ アーセナルでプレミアリーグへ挑戦
22番
→ 日本代表を象徴する番号の一つに
17番
→ クリスタル・パレスでプレミアリーグへ復帰
特にアーセナルの18番は、冨安の知名度を世界的に高めた番号でしょう。
加入直後からファン投票による月間MVPに選ばれ、プレミアリーグで評価を確立しました。
一方で、アヤックスで福岡時代と同じ32番を再び背負い、現在はクリスタル・パレスで新たに17番を着用しているのも興味深いところです。
まとめ
今回は、冨安健洋の歴代背番号と、それぞれのクラブ・日本代表での実績、国内外の評価について紹介しました。
冨安はアビスパ福岡時代の32番、21番、14番から始まり、欧州ではシント=トロイデンの3番、ボローニャの14番、アーセナルの18番、アヤックスの32番を着用。
そして2026-27シーズンはクリスタル・パレスで17番を背負っています。
日本代表では年代別代表の5番、A代表の16番などを経て、近年は22番が定着しています。
背番号を追っていくだけでも、
福岡でプロ入り → ベルギー挑戦 → セリエA → アーセナル → 長期離脱 → アヤックスで再出発 → プレミアリーグ復帰
という冨安のキャリアが見えてきます。
特にアーセナルの18番は、加入直後の月間MVPなどによって現地ファンから支持を集めた時代を象徴する番号。
そして現在の17番が、冨安健洋にとってどのような番号になっていくのか。
クリスタル・パレスでの今後の活躍にも注目です。
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