スペインの名門レアル・ソシエダでプレーするDF喜多壱也(きた・かずなり)選手。
189cmの長身と左足から繰り出す正確なキックを武器とするセンターバックで、若くしてスペインへ渡った日本サッカー界期待の選手です。
2025年に京都サンガF.C.からレアル・ソシエダへ期限付き移籍すると、2026年6月には完全移籍が正式決定しました。
そんな喜多壱也選手について気になるのが、
「両親はどんな人?」
「兄弟はいる?」
「どんな家庭で育った?」
「実家はどこ?」
といった家族に関する情報ではないでしょうか。
今回は国内だけでなくスペインなど海外の情報も確認しながら、喜多壱也選手の両親や兄弟、家族構成、実家について、現時点で確認できる情報をまとめました。
この記事の内容
喜多壱也の家族構成は?
喜多壱也選手の家族について調べたところ、父親と母親の存在に加えて、姉がいることが確認できます。
一方で、両親や姉は一般の方とみられ、名前や年齢、職業など詳しいプロフィールは公表されていません。
そのため、家族について分かっている範囲を整理すると、
・父親
・母親
・姉
・喜多壱也選手
となります。
ただし、ほかにも兄弟姉妹がいる可能性までは否定できないため、「4人家族」と断定するのは避けたほうがよいでしょう。
喜多壱也選手本人は、プロ入りが決まった際に京都サンガF.C.を通じて家族について言及しています。
2023年10月、京都サンガF.C.U-18から2024シーズンのトップチーム昇格が決定した際には、少年団時代の指導者やクラブ関係者とともに、「サッカーをさせてくれた家族」への感謝を語っていました。
7歳ごろからサッカーを始め、少年団、京都サンガのアカデミー、そしてプロへと進んできただけに、家族の支えも大きかったのでしょう。
喜多壱也の父親はどんな人?
喜多壱也選手の父親について、名前や年齢、職業などは公表されていません。
また、父親が元サッカー選手だった、あるいはサッカー関係者だったという確かな情報も、現時点では確認できませんでした。
したがって、
「父親もサッカー選手だった」
「父親からサッカーを教わった」
などと断定するのは避ける必要があります。
一方、喜多壱也選手と父親の関係が分かるエピソードはあります。
京都サンガF.C.のチームメイトだった宮本優太選手との企画について紹介した記事によると、喜多選手はプロになって初めてもらった給料で、父親に眼鏡をプレゼントしたことを明かしています。
プロサッカー選手として得た最初の給料を、自分のためだけに使うのではなく父親へのプレゼントに使ったというのは印象的です。
トップチーム昇格時にも家族への感謝を口にしていることから、父親を含めた家族への感謝を大切にしていることがうかがえます。
喜多壱也の母親はどんな人?
母親についても、名前や年齢、職業など詳しい情報は公表されていません。
父親と同様、一般の方と考えられるため、プライベートな情報はほとんど明らかになっていないようです。
ただ、母親へのプレゼントについて喜多壱也選手が話したことがあります。
父親には初任給で眼鏡をプレゼントしており、母親へのプレゼントについても購入する予定があると話していたと紹介されています。
喜多選手は小学生のころから本格的にサッカーに取り組んでいます。
京都サンガF.C.の公式プロフィールではサッカーを始めた年齢を「7歳」としており、その後、京都大宅サッカースポーツ少年団、京都サンガF.C.U-15、U-18とステップアップしました。
長期間にわたって育成年代のサッカーを続けてきた背景には、父親だけでなく母親のサポートもあったと考えるのが自然でしょう。
もっとも、具体的に母親がどのようなサポートをしていたのかについては公表されていないため、推測と事実は分けて考える必要があります。
喜多壱也に兄弟はいる?姉がいることが判明
喜多壱也選手には姉がいることが分かっています。
喜多選手が家族へのプレゼントについて話した際、父親と母親だけでなく、姉にもプレゼントを贈る予定だったことが紹介されています。
ただし、姉についても、
・名前
・年齢
・職業
・スポーツ経験
などは明らかになっていません。
姉も一般の方と考えられるため、今後も詳しいプロフィールが公表される可能性はそれほど高くないかもしれません。
なお、現時点で確認できるのは「姉がいる」という情報までです。
弟や妹など、姉以外の兄弟姉妹がいるという確かな情報は確認できませんでした。
そのため、「姉との2人きょうだい」と断定するよりも、「少なくとも姉が1人いる」とするのが正確でしょう。
喜多壱也の実家は京都?
喜多壱也選手の実家の詳しい場所は公表されていません。
しかし、京都出身であることは本人やクラブの公式情報から確認できます。
京都サンガF.C.は、喜多選手の出身地を「京都府京都市」と発表しています。
さらに2026年6月、レアル・ソシエダへの完全移籍が決まった際、喜多選手自身が「僕は生まれも育ちも京都」とコメントしています。
つまり、京都で生まれ、京都で育った生粋の京都出身選手です。
少年時代に所属していたのは「京都大宅サッカースポーツ少年団(大宅SSS)」。
その後、京都サンガF.C.U-15、U-18を経てトップチームへ昇格しました。
京都サンガによると、小学生年代ではU-10、U-11、U-12のSPコースにも参加しており、小学生のころから京都サンガとの関係が続いていました。
2026年の完全移籍時には、小学校のSPコースから数えて約11年間在籍した京都サンガを離れる寂しさも語っています。
まさに京都で育ち、京都のクラブでプロになった選手といえるでしょう。
ただし、実家の具体的な住所や所在地については公表されていません。
喜多壱也が育った京都大宅SSSとは?
喜多壱也選手のサッカー人生の原点となったのが、京都大宅サッカースポーツ少年団です。
日本サッカー協会(JFA)のプロフィールでも、
京都大宅サッカースポーツ少年団
↓
京都サンガF.C.U-15
↓
京都サンガF.C.U-18
↓
京都サンガF.C.
↓
レアル・ソシエダ
という経歴が掲載されています。
大宅SSSの公式サイトでも、喜多壱也選手が同少年団の42期生であることが紹介されています。
トップチーム昇格が決まった際には少年団でも「Jリーガー誕生!」として紹介され、卒団後も指導者のもとへ近況報告に訪れていたことが明かされています。
プロになってからも少年時代の指導者とのつながりを大切にしているようです。
さらにレアル・ソシエダへの完全移籍時にも、喜多選手は京都サンガ関係者だけでなく「大宅SSS」に対して感謝を伝えています。
幼少期に所属した少年団が、喜多壱也選手にとって特別な存在であることが分かります。
喜多壱也は京都翔英高校出身
喜多壱也選手の高校については、京都翔英高等学校であることが京都サンガF.C.から公式発表されています。
高校時代は学校のサッカー部ではなく、京都サンガF.C.U-18でプレー。
2022年にはU-17日本代表に選ばれ、2023年にはU-18日本代表、U-19日本代表にも選出されました。
高校3年生だった2023年には京都サンガF.C.トップチームに2種登録され、同年3月のルヴァンカップでトップチームの公式戦に出場。
そして2024シーズンから正式にトップチームへ昇格しました。
少年団から京都サンガの育成組織へ進み、高校年代で年代別日本代表、そしてプロへ。
家族への感謝を語っていることからも、長い育成年代を支えてくれた家族の存在は、喜多壱也選手にとって大きなものだったのでしょう。
20歳でスペインへ渡りレアル・ソシエダに完全移籍
喜多壱也選手は2025年夏、京都サンガF.C.からレアル・ソシエダへ期限付き移籍しました。
スペインではレアル・ソシエダB(通称サンセ)を中心に経験を積み、現地でも評価を高めます。
そして2026年6月30日、京都サンガF.C.からレアル・ソシエダへの完全移籍が正式発表されました。
スペイン紙『AS』によると、レアル・ソシエダは喜多選手の買い取りオプションを行使し、2030年までの契約を締結。
移籍金は150万ユーロと報じられています。
J1リーグでは出場機会を得られなかった若手DFが、スペインで評価を高めて完全移籍を勝ち取ったことになります。
日本サッカー界でも非常に興味深いキャリアです。
まとめ
今回は、喜多壱也選手の両親や兄弟、家族構成、実家について調査しました。
現時点で分かっていることをまとめると、
・父親と母親の名前や職業などは公表されていない
・父親にはプロ初任給で眼鏡をプレゼントしたとされる
・母親にもプレゼントを贈る予定だったと紹介されている
・少なくとも姉が1人いる
・姉の名前や年齢、職業などは非公表
・「4人家族」と断定できる情報はない
・京都府京都市出身
・本人が「生まれも育ちも京都」と明言している
・少年時代は京都大宅SSSでプレー
・プロ入り時には「サッカーをさせてくれた家族」への感謝を語っている
ということが分かりました。
家族の詳しいプロフィールはほとんど公開されていませんが、プロ入り時のコメントや初任給のエピソードを見ると、喜多壱也選手が家族への感謝を大切にしていることが伝わってきます。
京都で生まれ、地元の少年団から京都サンガのアカデミーへ進み、プロ選手となった喜多壱也選手。
現在は日本を離れ、スペインのレアル・ソシエダで新たな挑戦を続けています。
まだ20歳という若さだけに、今後トップチームで出場機会をつかみ、日本代表へステップアップできるのかにも注目です。




