喜多壱也はなぜレアル・ソシエダへ?J1出場0でスペイン移籍できた理由を調査!

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京都サンガF.C.のアカデミーで育ち、現在はスペインのレアル・ソシエダに所属するDF喜多壱也(きた・かずなり)選手。

189cmの長身を誇る左利きのセンターバックで、世代別日本代表でも活躍してきた注目の若手DFです。

そんな喜多壱也選手の経歴を見ていて、気になることがあります。

それは、

「なぜJ1リーグで一度も出場していない選手がレアル・ソシエダへ移籍できたの?」

ということです。

実際、喜多選手が2025年7月にスペインへ渡った時点で、Jリーグ通算出場数は「0」。

それにもかかわらず、スペインの名門レアル・ソシエダが獲得に動きました。

さらにスペイン移籍後はBチームのレアル・ソシエダB(サンセ)で経験を積み、2026年6月には完全移籍が決定。

結果的にレアル・ソシエダは喜多選手の獲得を「成功」と判断したことになります。

そこで今回は、日本国内だけでなくスペインメディアやFIFAのインタビューなども参考に、喜多壱也選手がなぜレアル・ソシエダへ移籍できたのか、その理由を詳しく調査しました。




喜多壱也はJ1出場0でレアル・ソシエダへ移籍

喜多壱也選手は2025年7月23日、京都サンガF.C.からスペインのレアル・ソシエダへ期限付き移籍しました。

当時19歳。

驚くのは、それまでのトップチームでの出場実績です。

京都サンガF.C.が移籍発表時に公表した記録では、

・Jリーグ:0試合
・リーグカップ:2試合
・天皇杯:2試合

となっていました。

つまり、J1リーグでは一度も試合に出場しないままスペインへ渡ったことになります。

もちろん京都サンガのトップチームには2024シーズンから正式昇格していましたが、J1でレギュラーポジションを獲得してから海外移籍したわけではありません。

「Jリーグで活躍→海外クラブが獲得」

という一般的なステップとは大きく異なる移籍でした。

では、なぜレアル・ソシエダは喜多壱也選手を評価したのでしょうか。




理由①189cmの長身+左利きのセンターバックだった

大きな理由として考えられるのが、喜多壱也選手の身体的・技術的な特徴です。

喜多選手は身長189cm、体重81kg。

そして左利きのセンターバックです。

日本サッカー協会(JFA)は喜多選手について、189cmの高さと左足の正確なキックを持ち味として紹介しています。

特に評価されているのがフィード能力。

最終ラインから対角線上へ正確なボールを届け、攻撃の組み立てにも参加できるセンターバックです。

スペインでも同様の評価を受けています。

現地メディアでは、喜多選手について、

・189cmのサイズ
・左利き
・空中戦
・守備能力
・ボールを扱う能力
・後方からボールを運べる能力

などが特徴として紹介されました。

単に「背が高い日本人DF」ではありません。

189cmのサイズがありながら、左足で攻撃の起点にもなれる。

こうした特徴がレアル・ソシエダ側から評価された可能性は高そうです。

理由②世代別日本代表で継続的に評価されていた

J1リーグの出場数だけを見ると実績が少なかった喜多壱也選手ですが、世代別日本代表では継続して評価されていました。

喜多選手は、

・U-17日本代表
・U-18日本代表
・U-19日本代表
・U-20日本代表

などに選出されています。

スペインメディア『Cadena SER』も2025年の加入時、喜多選手が日本の年代別代表に継続的に招集されている若手選手であることを紹介していました。

つまりレアル・ソシエダは「J1で何試合出たか」だけを見て獲得したわけではなかったのでしょう。

クラブで出場機会が少なくても、年代別代表でのプレーや将来性、身体能力、技術的特徴などを含めて評価したと考えられます。




理由③最初からトップチームの即戦力として獲得されたわけではなかった

ここは喜多壱也選手の移籍を理解するうえで非常に重要なポイントです。

喜多選手は、いきなりレアル・ソシエダのトップチームでプレーする選手として獲得されたわけではありません。

主戦場として想定されていたのは、Bチームのレアル・ソシエダB。

通称「サンセ」です。

2025-26シーズンのサンセはスペイン2部リーグ(セグンダ・ディビシオン)で戦うことになっていました。

スペインメディア『Noticias de Gipuzkoa』は加入当時、喜多選手について即座に活躍することが保証された補強ではなく、クラブによる「将来への投資」という意味合いがあると伝えています。

つまり、

J1で活躍した完成された選手をトップチームへ獲得する

のではなく、

将来性の高い19歳を獲得

サンセでスペインサッカーに適応

成長すればトップチームへ

という育成込みの獲得だったと考えられます。

これなら、J1出場0だった喜多選手を獲得したことにも納得できます。

理由④サンセがスペイン2部へ昇格していた

喜多壱也選手が加入した2025-26シーズン、サンセはスペイン2部リーグで戦っていました。

これは喜多選手自身にとっても大きなポイントでした。

Bチームとはいえ、対戦相手はスペインのプロクラブ。

フィジカル、スピード、技術など、日本とは異なる環境で実戦経験を積めます。

FIFAのインタビューでも喜多選手は、サンセが2部へ昇格したことで試合だけでなく日々のトレーニングもより激しくなったことについて語っています。

J1で出場機会を待ち続けるのではなく、スペイン2部という厳しい環境へ飛び込む。

喜多選手にとっては、成長速度を上げるための大きな挑戦だったのでしょう。




喜多壱也本人は海外移籍をどう考えていた?

実は、喜多壱也選手自身もレアル・ソシエダからオファーを受けた際、すぐに決断できたわけではありませんでした。

FIFAのインタビューで、喜多選手は以前から海外でプレーすることに興味があった一方、オファーが想像していたよりもかなり早く届いたため、難しい決断だったことを明かしています。

特に興味深いのが、京都サンガで結果を残せていないことを気にしていた点です。

喜多選手は京都で過ごしたプロ生活の2年間について、自分自身の結果に満足していませんでした。

その状態で海外へ移籍すれば、

「京都から逃げたように見えるのではないか」

という不安もあったようです。

そこでチームの先輩選手たちに相談。

すると、

「こんなチャンスは毎回来るものではない」

という趣旨の言葉で背中を押され、スペイン挑戦を決断しました。

単純に「海外からオファーが来たから行った」というわけではありません。

京都で結果を残してから海外へ行きたいという思いと、今しかないチャンスをつかみたいという思い。

その間で悩んだ末の決断だったことが分かります。




「京都で活躍してから世界へ行きたかった」

この思いは、完全移籍が決まった後にも語られています。

2026年6月30日、京都サンガF.C.からレアル・ソシエダへの完全移籍が正式に発表されました。

その際、喜多選手は京都サンガ公式を通じ、

「正直に言うと、京都で活躍して世界に行きたかった気持ちはあります」

とコメントしています。

そして、それができなかったのは自分自身の実力だったとも振り返りました。

これはFIFAのインタビューで語っていた「逃げたと思われるのではないか」という葛藤ともつながります。

本当は京都サンガで活躍し、その実績を引っ提げて海外へ。

喜多選手自身もそんなキャリアを思い描いていたのかもしれません。

しかし実際には、その順番を待たずしてレアル・ソシエダからチャンスが届きました。

結果的に、その決断は大きな転機となります。




スペイン移籍後に評価を一気に高めた

喜多壱也選手はスペインへ渡ると、サンセで出場機会を獲得していきます。

スペインの選手データサイトでは、2025-26シーズンのサンセでリーグ戦35試合にメンバー入りし、31試合出場、27試合先発、約2410分プレーした記録が残っています。

京都ではJ1出場0だった選手が、スペイン2部で一気に実戦経験を積んだことになります。

そしてシーズン終了後、レアル・ソシエダは決断します。

喜多壱也選手を完全移籍で獲得することになったのです。




レアル・ソシエダが150万ユーロで完全移籍を決断

2026年6月、レアル・ソシエダは喜多壱也選手に設定されていた買い取りオプションを行使しました。

スペイン紙『Mundo Deportivo』や『AS』などによると、買い取り額は150万ユーロ。

さらに契約期間は2030年までと報じられています。

期限付き移籍で実際のプレーを1年間確認したうえで、

「完全に獲得する価値がある」

と判断されたことになります。

『Mundo Deportivo』は、喜多選手がサンセで大きなインパクトを残したと評価。

『AS』もサンセの守備陣の中心的存在として活躍したことを伝えています。

19歳でスペインへ渡り、わずか1シーズンで完全移籍を勝ち取ったことになります。




トップチームからも注目される存在に

さらに喜多壱也選手は、Bチームだけにとどまらない存在になりつつあります。

2025年末にはトップチームのトレーニングにも招集。

2026年夏のプレシーズンでは、トップチームの親善試合にも出場しました。

スペイン紙『AS』は2026年7月、喜多選手がプレシーズンでペッレグリーノ・マタラッツォ監督へのアピールを続けていると報道。

ラシン・サンタンデールとの親善試合では後半45分間に出場し、空中戦や守備面で安定したプレーを見せたと評価されています。

2026-27シーズンは引き続きサンセを主戦場とする見込みですが、トップチームからも継続的にチェックされる立場になっています。

J1出場0でスペインへ渡った選手が、わずか1年ほどでレアル・ソシエダのトップチーム候補へ。

非常に興味深い成長曲線です。




久保建英の存在も刺激に

レアル・ソシエダには日本代表の久保建英選手が所属しています。

喜多壱也選手にとって、世界トップレベルでプレーする日本人選手が身近にいる環境は大きな刺激になっているようです。

FIFAのインタビューでは、久保選手についてプレーだけでなく、トレーニングに対する姿勢から学ぶことが多いと語っています。

同じ日本人だからこそコミュニケーションを取りやすい部分もあるでしょう。

ただ、喜多選手が獲得された理由を「久保建英がいるから」と単純化するのは正確ではありません。

現地報道を見る限り、レアル・ソシエダ側が評価していたのは、喜多選手自身のサイズ、左利きという希少性、ボール扱い、守備能力、年代別代表歴、そして将来性でした。




なぜJ1出場0でもスペインへ行けたのか?

ここまでの情報を整理すると、喜多壱也選手がJ1出場0でもレアル・ソシエダへ移籍できた理由が見えてきます。

大きかったと考えられるのは、

・189cmというセンターバックとしてのサイズ
・希少な左利きCB
・左足からの正確なフィード
・ボールを扱える技術
・空中戦の強さ
・U-20日本代表など世代別代表での評価
・19歳という若さ
・トップチーム即戦力ではなくサンセで育成する補強だったこと

です。

つまりレアル・ソシエダが買ったのは「J1での実績」というよりも、

「将来どこまで伸びる可能性があるか」

だったのでしょう。

そして、その判断が間違っていなかったことを喜多選手自身がスペインで証明。

サンセで主力としてプレーし、150万ユーロの買い取りオプション行使と2030年までの契約につなげました。




まとめ

今回は、喜多壱也選手がなぜJ1リーグ出場0ながらレアル・ソシエダへ移籍できたのかを調査しました。

ポイントをまとめると、

・2025年7月に京都サンガからレアル・ソシエダへ期限付き移籍
・移籍時点でJリーグ通算出場は0試合
・189cmの長身を誇る左利きCB
・左足の正確なキックとビルドアップ能力が高く評価されていた
・U-20日本代表など世代別代表で継続的に評価
・トップチーム即戦力ではなく、サンセで育成する将来への投資だった
・本人は以前から海外挑戦に興味を持っていた
・京都で結果を残せていないことから移籍を迷った
・先輩選手から背中を押されスペイン挑戦を決断
・2025-26シーズンはサンセで主力に定着
・2026年6月に150万ユーロと報じられる買い取りオプションが行使された
・2030年までの契約を締結
・トップチームのトレーニングやプレシーズンにも参加

ということが分かりました。

J1で実績を作ってから海外へ行くのではなく、将来性を評価されて若いうちにヨーロッパへ渡り、現地で実績を作る。

喜多壱也選手は、日本人若手選手の新しい海外挑戦ルートを示す存在になるかもしれません。

京都では果たせなかったJ1デビューよりも先に、スペインで評価を高めた喜多壱也選手。

次の目標は、レアル・ソシエダのトップチームで公式戦出場を果たすことでしょう。

20歳の大型左利きセンターバックがどこまで成長するのか、今後にも注目です。